今日は何の日?

  • ● 1534年 細川幽斎が三淵晴員の次男として誕生
  • ● 1585年 羽柴(豊臣)秀吉が蜂須賀正勝、前野長康を水攻め中の紀州太田城へ向かわせ降伏を促す
  • ● 1603年 豊臣秀頼が権大納言から内大臣に昇格する
  • ● 1534年 細川幽斎が三淵晴員の次男として誕生
  • ● 1585年 羽柴(豊臣)秀吉が蜂須賀正勝、前野長康を水攻め中の紀州太田城へ向かわせ降伏を促す
  • ● 1603年 豊臣秀頼が権大納言から内大臣に昇格する

歴史シミュレーションゲーム「信長の野望」の攻略サイト

この人誰?

榊原康政

武将名鑑【信長の野望 大志(パワーアップキット)】

武将名鑑アイコン

戸川達安(とがわみちやす)

戸川達安 の能力値
統率

高いほど、決戦での移動速度が上がったり、籠城戦で城を奪われにくくなったりする。
また高いほど、評定で意見を出したとき、軍事の施策力を獲得しやすい。

51 (1281 位)
武勇

高いほど、決戦で敵部隊に与えるダメージが増える。

64 (608 位)
知略

高いほど、決戦で敵部隊から受けるダメージが減る。
また高いほど、評定で意見を出したとき、論議の施策力を獲得しやすい。

61 (861 位)
内政

高いほど、評定で意見を出したとき、
農業・商業の施策力を獲得しやすい。

57 (940 位)
外政

「外交」で奏者に任命した際、高いと心証が上がりやすくなる。

59 (838 位)
合計 292 (790 位)2201人中
戸川達安のグラフィック画像
戸川達安 の基礎データ
性別
幼名 大杢
仮名・通称 助七郎
渾名 干支達安
法号・戒名 逵安 不変院覚如居士
戸川秀安
石川晴清の娘
配偶者・正室 長船紀伊守の娘
側室1 岡家利の娘
戸川達安の自画像
その他のデータ 列伝
誕生年 1567年 宇喜多家臣。秀安の嫡男。朝鮮派兵などで活躍した。熱心な日蓮宗徒で、切支丹の長船綱直らと対立。のちに内乱を引き起こして主家を退去、徳川家に仕えた。
死亡年 1627年
気質 勲功
野心 8
領地保全 りょうちほぜん
戦法

決戦で武将から献策があると実行できる。
青く表示されている戦法は自動で発動する。

戦法名 急襲 消費ゲージ 2
効果 自身の攻撃力を小上昇
作戦

決戦開始時に決める。
作戦によって様々な効果がある。
青く表示されている戦法は自動で発動する。

作戦名 囮挑発戦法
読み おとりちょうはつせんぽう
条件 海(湖)以外
消費軍議 30 必要部隊 2
効果 囮隊の速度が小上昇、防御が上昇し、周囲の敵を挑発
補佐
復帰 潰走からの回復速度が上昇

戸川達安が登場する合戦

  • 辛川の戦いからかわのたたかい [織田信長の中国平定]

    1580年3月13日

    岡山県岡山市北区西辛川

    宇喜多直家に属城の美作祝山城を包囲された毛利輝元は、自ら祝山城の救援に向かったが、宇喜多勢に阻まれて祝山城まで到達することができないでいた。

    そのため輝元は、小早川隆景率いる15000の軍勢に直家の本領である備前に侵攻させたのである。

    このとき病床にあった直家に代わり、弟で富山城主の宇喜多忠家が総大将ととなり、宇喜多家の宿老で辛川城の戸川秀安達安らとともに備前・備中国境に近い備前辛川で小早川勢を迎え撃つ。

    辛川城に近い一宮から富山城近くの矢坂まで、七段の陣を立てて防戦を張り、辛川村の北にある山陰には当時13歳で初陣であった戸川達安率いる一隊を忍ばせた。

    天正8年(1580年)3月13日、備中高松城から加茂城を経て辛川城近くへと進んだ毛利勢は、真正面に陣取る宇喜多勢めがけて襲いかかります。

    激しいぶつかり合いとなるも、宇喜多勢はこの間を見て退却を開始。

    小早川軍は深追いし辛川村を通り過ぎたあたりで、山陰に潜んでいた戸川達安隊が飛び出し、毛利軍を挟み撃ちにした。

    総崩れとなった小早川軍は、備前から兵を退領き領国へと退却していった。

    この毛利軍の大敗は「辛川崩れ」と呼ばれる。

    詳細を見る

  • 高城の戦いたかんじょうのたたかい [織田信長の中国平定]

    1580年4月28日

    岡山県岡山市北区建部町和田南

    岸氏勝

    WIN

    竹内為能

    LOSE

    天正8年(1580年)3月、宇喜多直家は家臣の戸川秀安達安らに命じて、毛利輝元と結んで宇喜多氏に抵抗を続ける竹内為能が守る美作高城を攻撃させた。

    これに対し、竹内為能の要請を受けた輝元が援軍を高城に送ったため、宇喜多勢は攻めあぐねる。

    4月28日には、直家が自ら兵を率いて高城に攻め寄せたが高城は堅城であり為能らが防戦に努めたため、落とすことはできなかった。

    しかし、陣替えの隙を突いて再度侵攻してきた宇喜多氏に攻められ、高城二ノ丸の守将である岸氏勝が宇喜多氏に寝返ったこともあり落城。

    竹内為能は籾村口に落ち延びた所を宇喜多勢に討ち取られた。

    詳細を見る

武将名鑑アイコン

武将名鑑【信長の野望 大志(パワーアップキット)】

武将列伝を一覧で見る場合はこちら

おすすめ記事一覧

ページトップへ

旧国名を見る

閉じる

※地図上にマウスを当ててみてね

※地図上をタップしてみてね

名称 読み方 読み方(旧) 石高
近江 おうみ ちかつあふみ 78万石
美濃 みの みの 54万石
飛騨 ひだ ひだ 4万石
信濃 しなの しなの 41万石
上野 こうづけ かみつけの 50万石
下野 しもつけ しもつけの 37万石
出羽 でわ いでは 32万石
陸奥 むつ みちのをく 167万石
若狭 わかさ わかさ 9万石
越前 えちぜん こしのみちのくち 50万石
加賀 かが かが 36万石
能登 のと のと 21万石
越中 えっちゅう こしのみちのなか 38万石
越後 えちご こしのみちのしり 39万石
佐渡 さど さど 2万石
伊賀 いが いが 10万石
伊勢 いせ いせ 57万石
志摩 しま しま 2万石
尾張 おわり おはり 57万石
三河 みかわ みかは 29万石
遠江 とおとおみ とほたあふみ 26万石
駿河 するが するが 15万石
伊豆 いず いづ 7万石
甲斐 かい かひ 23万石
相模 さがみ さかみ 19万石
武蔵 むさし むさし 67万石
安房 あわ あは 9万石
上総 かずさ かみつふさ 38万石
下総 しもうさ しもつふさ 39万石
常陸 ひたち ひたち 53万石
大和 やまと やまと 45万石
山城 やましろ やましろ 23万石
摂津 せっつ 36万石
河内 こうち かふち 24万石
和泉 いづみ いずみ 14万石
丹波 たんば たんば 26万石
丹後 たんご たにはのみちのしり 11万石
但馬 たじま たちま 11万石
因幡 いなば いなは 9万石
伯耆 ほうき ははき 10万石
出雲 いずも いづも 19万石
石見 いわみ いはみ 11万石
隠岐 おき をき 5万石
播磨 はりま はりま 36万石
美作 みまさか みまさか 19万石
備前 びぜん きびのみちのくち 22万石
備中 びっちゅう きびのみちのなか 18万石
備後 びんご きびのみちのしり 19万石
安芸 あき あき 19万石
周防 すおう すはう 17万石
長門 ながと ながと 13万石
紀伊 きい 24万石
淡路 あわじ あはぢ 6万石
阿波 あわ あは 18万石
讃岐 さぬき さぬき 13万石
伊予 いよ いよ 37万石
土佐 とさ とさ 10万石
筑前 ちくぜん ちくしのみちのくち 34万石
筑後 ちくご ちくしのみちのしり 27万石
豊前 ぶぜん とよくにのみちのくち 14万石
豊後 ぶんご とよくにのみちのしり 42万石
肥前 びぜん ひのみちのくち 31万石
肥後 びご ひのみちのしり 34万石
日向 ひゅうが ひうか 12万石
大隅 おおすみ おほすみ 18万石
薩摩 さつま さつま 28万石
壱岐 いき ゆき 2万石
対馬 つしま つしま 1万石
近江 美濃 飛騨 信濃 上野 下野 出羽(羽前 - 羽後) 陸奥(岩代 - 磐城 - 陸前 - 陸中 - 陸奥) 若狭 越前 加賀 能登 越中 越後 佐渡 伊賀 伊勢 志摩 尾張 三河 遠江 駿河 伊豆 甲斐 相模 武蔵 安房 上総 下総 常陸 大和 山城 摂津 河内 和泉 丹波 丹後 但馬 因幡 伯耆 出雲 石見 隠岐 播磨 美作 備前 備中 備後 安芸 周防 長門 紀伊 淡路 阿波 讃岐 伊予 土佐 筑前 筑後 豊前 豊後 肥前 肥後 日向 大隅 薩摩 壱岐 対馬
近江
美濃
飛騨
信濃
上野
下野
出羽
陸奥
若狭
越前
加賀
能登
越中
越後
佐渡
伊賀
伊勢
志摩
尾張
三河
遠江
駿河
伊豆
甲斐
相模
武蔵
安房
上総
下総
常陸
大和
山城
摂津
河内
和泉
丹波
丹後
但馬
因幡
伯耆
出雲
石見
隠岐
播磨
美作
備前
備中
備後
安芸
周防
長門
紀伊
淡路
阿波
讃岐
伊予
土佐
筑前
筑後
豊前
豊後
肥前
肥後
日向
大隅
薩摩
壱岐
対馬