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  • ● 1605年 徳川秀忠が10万の大軍を率いて江戸から京に向かう
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この人誰?

千葉親胤

武将名鑑【信長の野望 大志(パワーアップキット)】

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志賀親次(しがちかつぐ)

志賀親次 の能力値
統率

高いほど、決戦での移動速度が上がったり、籠城戦で城を奪われにくくなったりする。
また高いほど、評定で意見を出したとき、軍事の施策力を獲得しやすい。

80 (120 位)
武勇

高いほど、決戦で敵部隊に与えるダメージが増える。

89 (32 位)
知略

高いほど、決戦で敵部隊から受けるダメージが減る。
また高いほど、評定で意見を出したとき、論議の施策力を獲得しやすい。

83 (92 位)
内政

高いほど、評定で意見を出したとき、
農業・商業の施策力を獲得しやすい。

30 (2086 位)
外政

「外交」で奏者に任命した際、高いと心証が上がりやすくなる。

46 (1530 位)
合計 328 (389 位)2201人中
志賀親次のグラフィック画像
志賀親次 の基礎データ
性別
別名 志賀太郎親次
幼名 太郎
霊名 ドン・パウロ
仮名・通称 親善 少左衛門尉 湖左衛門尉
渾名 今楠木 天正の楠
志賀親守
養父 志賀親度
養母 大友宗麟の娘
配偶者・正室 大友宗麟の姪(田北鎮周の娘)
その他のデータ 列伝
誕生年 1566年 大友家臣。豊後岡城主。親度の子。島津家臣・新納忠元率いる3万5千の軍勢をわずか千の兵で撃退し、さらに近隣の諸城を奪回し、豊臣秀吉に功を賞された。
死亡年 1607年
気質 勲功
野心 7
領地保全 りょうちほぜん
戦法

決戦で武将から献策があると実行できる。
青く表示されている戦法は自動で発動する。

戦法名 衆寡奮迅 消費ゲージ 5
効果 自身の移動速度を小上昇し、味方が壊滅した数に応じて攻撃力を上昇
作戦

決戦開始時に決める。
作戦によって様々な効果がある。
青く表示されている戦法は自動で発動する。

作戦名 全軍突撃
読み ぜんぐんとつげき
条件 海(湖)以外
消費軍議 40 必要部隊 1
効果 突撃隊の移動と攻撃が小上昇、防御が低下し、敵に向け強制移動
補佐
強撃 挟撃したときの敵の士気減少効果を小上昇

志賀親次が登場する合戦

  • 栂牟礼城の戦いとがむれじょうのたたかい [豊臣秀吉の九州平定]

    1586年11月4日

    大分県佐伯市堅田

    島津義弘らが肥後から豊後に向かう一方で、島津家久らは日向から豊後へ進んだ。

    家久らは豊後の松尾城と小牧城を抜いて、10月23日には家久は松尾山(豊後大野市三重町)に本陣を構え、佐伯の栂牟礼城(佐伯市弥生)に降伏を勧める使者を送った。

    当時18歳の栂牟礼城主の佐伯惟定は、使者を番匠河原で討ち果たし、降伏拒否の意思を表明。

    この惟定は、高城河原の戦いで奮戦しながらも討死にした佐伯惟教の孫だったので島津に相当の恨みがあったようだ。

    使者を打ち果たされたことに怒った家久は、直ちに栂牟礼城攻撃の軍勢を差し向けたが、佐伯勢の巧みな戦いによる反撃を受け、堅田、因尾で大敗する。

    その後、惟定は各地でゲリラ戦を展開し、岡城の志賀親次とともに島津軍の背後をおびやかした。

    結局、島津軍は栂牟礼城を遥か彼方から眺めるだけで引き返し、2度と攻めて来ることはなかった。

    なお惟定は、翌天正15年の梓越の戦いでも、島津勢を破っている。

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  • 梓越の戦いあずさごえのたたかい [豊臣秀吉の九州平定]

    1587年3月18日

    大分県佐伯市宇目

    天正15年(1587年)3月、羽柴秀長を大将とする豊臣勢が九州に上陸し小倉に到着すると大友義統らとともに豊後奪還に向けて南下を始めた。

    そのため豊後府内を拠点としていた島津義弘島津家久は、豊臣勢との衝突を避け、日向に撤退することにした。

    これを好機ととらえた栂牟礼城主・佐伯惟定と岡城主・志賀親次らは、撤退する島津勢に攻撃を仕掛けたのである。

    3月17日、佐伯・志賀勢は、豊後と日向の国境に位置する梓越まで撤退する島津勢を追撃した。

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名称 読み方 読み方(旧) 石高
近江 おうみ ちかつあふみ 78万石
美濃 みの みの 54万石
飛騨 ひだ ひだ 4万石
信濃 しなの しなの 41万石
上野 こうづけ かみつけの 50万石
下野 しもつけ しもつけの 37万石
出羽 でわ いでは 32万石
陸奥 むつ みちのをく 167万石
若狭 わかさ わかさ 9万石
越前 えちぜん こしのみちのくち 50万石
加賀 かが かが 36万石
能登 のと のと 21万石
越中 えっちゅう こしのみちのなか 38万石
越後 えちご こしのみちのしり 39万石
佐渡 さど さど 2万石
伊賀 いが いが 10万石
伊勢 いせ いせ 57万石
志摩 しま しま 2万石
尾張 おわり おはり 57万石
三河 みかわ みかは 29万石
遠江 とおとおみ とほたあふみ 26万石
駿河 するが するが 15万石
伊豆 いず いづ 7万石
甲斐 かい かひ 23万石
相模 さがみ さかみ 19万石
武蔵 むさし むさし 67万石
安房 あわ あは 9万石
上総 かずさ かみつふさ 38万石
下総 しもうさ しもつふさ 39万石
常陸 ひたち ひたち 53万石
大和 やまと やまと 45万石
山城 やましろ やましろ 23万石
摂津 せっつ 36万石
河内 こうち かふち 24万石
和泉 いづみ いずみ 14万石
丹波 たんば たんば 26万石
丹後 たんご たにはのみちのしり 11万石
但馬 たじま たちま 11万石
因幡 いなば いなは 9万石
伯耆 ほうき ははき 10万石
出雲 いずも いづも 19万石
石見 いわみ いはみ 11万石
隠岐 おき をき 5万石
播磨 はりま はりま 36万石
美作 みまさか みまさか 19万石
備前 びぜん きびのみちのくち 22万石
備中 びっちゅう きびのみちのなか 18万石
備後 びんご きびのみちのしり 19万石
安芸 あき あき 19万石
周防 すおう すはう 17万石
長門 ながと ながと 13万石
紀伊 きい 24万石
淡路 あわじ あはぢ 6万石
阿波 あわ あは 18万石
讃岐 さぬき さぬき 13万石
伊予 いよ いよ 37万石
土佐 とさ とさ 10万石
筑前 ちくぜん ちくしのみちのくち 34万石
筑後 ちくご ちくしのみちのしり 27万石
豊前 ぶぜん とよくにのみちのくち 14万石
豊後 ぶんご とよくにのみちのしり 42万石
肥前 びぜん ひのみちのくち 31万石
肥後 びご ひのみちのしり 34万石
日向 ひゅうが ひうか 12万石
大隅 おおすみ おほすみ 18万石
薩摩 さつま さつま 28万石
壱岐 いき ゆき 2万石
対馬 つしま つしま 1万石
近江 美濃 飛騨 信濃 上野 下野 出羽(羽前 - 羽後) 陸奥(岩代 - 磐城 - 陸前 - 陸中 - 陸奥) 若狭 越前 加賀 能登 越中 越後 佐渡 伊賀 伊勢 志摩 尾張 三河 遠江 駿河 伊豆 甲斐 相模 武蔵 安房 上総 下総 常陸 大和 山城 摂津 河内 和泉 丹波 丹後 但馬 因幡 伯耆 出雲 石見 隠岐 播磨 美作 備前 備中 備後 安芸 周防 長門 紀伊 淡路 阿波 讃岐 伊予 土佐 筑前 筑後 豊前 豊後 肥前 肥後 日向 大隅 薩摩 壱岐 対馬
近江
美濃
飛騨
信濃
上野
下野
出羽
陸奥
若狭
越前
加賀
能登
越中
越後
佐渡
伊賀
伊勢
志摩
尾張
三河
遠江
駿河
伊豆
甲斐
相模
武蔵
安房
上総
下総
常陸
大和
山城
摂津
河内
和泉
丹波
丹後
但馬
因幡
伯耆
出雲
石見
隠岐
播磨
美作
備前
備中
備後
安芸
周防
長門
紀伊
淡路
阿波
讃岐
伊予
土佐
筑前
筑後
豊前
豊後
肥前
肥後
日向
大隅
薩摩
壱岐
対馬