今日は何の日?

  • ● 1570年 島津家久の子として島津豊久が誕生
  • ● 1582年 羽柴(豊臣)秀吉が尼崎城に到着、明智光秀は洞ヶ峠から下鳥羽に帰陣
  • ● 1615年 古田織部が徳川家康の命により切腹
  • ● 1570年 島津家久の子として島津豊久が誕生
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西野道俊

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戦国年表

戦国時代に絞った年表です。

出来事
1467 応仁の乱
室町幕府官僚の細川勝元と山名宗全ら有力守護大名による乱が、上御霊神社で勃発
1467 5 26 京都で細川勢と山名勢が衝突して応仁の乱が勃発
1468 8 19 関白・一条兼良が戦乱を避け京都から奈良へ移る
1468 11 10 足利義政側近「三魔」の一人・有馬元家が赤松政則に殺される
1473 3 18 応仁の乱の西軍総大将の山名宗全が死去。享年70歳
1473 5 11 応仁の乱の東軍総大将の細川勝元が死去。享年44歳
1481 11 21 大徳寺住持・一休宗純が死去。享年88歳
1486 1 1 尼子経久が守護・京極家の月山富田城を攻め落とす
1486 7 26 太田道灌が主君・上杉定正の館で殺害される
1489 3 26 室町幕府第9代将軍・足利義尚が死去。享年25歳
1490 1 7 室町幕府第8代将軍・足利義政が死去。享年55歳
1491 伊豆平定
北条早雲が、堀越御所に討ち入りし、足利茶々丸を自害させる
1492 5 10 織田信長の傅役・平手政秀が誕生
1492 9 23 島津日新斎が島津善久の長男として誕生
1493 明応の政変
細川政元が、足利義澄を新将軍に擁立し、孤立した足利義材を降伏させる
1493 8 18 8年にわたる山城国一揆が終息する
1495 小田原城攻め
北条早雲が小田原城を攻め、大森藤頼を追放する
1496 1 7 前関白・九条政基、尚経父子が、不仲だった執事の唐橋在数を殺害
1496 4 25 播磨、備前、美作三国の守護・赤松政則が死去。享年42歳
1496 5 20 第8代将軍・足利義政の妻・日野富子が死去。享年57歳
1497 3 14 毛利元就が誕生
1497 9 30 古河公方・足利成氏が死去
1499 3 25 本願寺第8世蓮如が死去。享年85歳
1500 10 30 室町幕府が永楽銭などの明銭の撰銭を禁止する初の撰銭令を出す
1502 5 15 わび茶の創始者であり「茶道の祖」村田珠光が死去。享年80歳
1503 7 18 京都で盆踊りが行われる
1507 8 7 越後守護、上杉房能が守護代の長尾為景に追われ、松之山郷天水にて自刃
1508 3 18 東大寺の講堂が炎上する
1508 10 4 武田信虎が叔父・油川信恵を滅ぼし、甲斐支配を強める
1509 2 19 徳政を要求して山城、大和で土一揆が起こる
1511 8 24 将軍・足利義稙勢は京都船岡山の戦いで細川政賢・澄元を破る
1516 7 北条早雲が相模を平定する
1516 7 11 北条早雲が三浦氏を攻め滅ぼし、相模を統一
1517 10 22 毛利元就が有田合戦で初陣を飾る
1518 12 8 会津黒川城主・蘆名盛高が死去。享年70歳
1519 8 15 北条早雲が韮山城で死去
1520 2 3 細川澄元・三好之長が摂津越水城を落とす
1522 2 13 三好長慶が誕生
1522 11 3 武田晴信(信玄)が武田信虎の長男として甲府積翠寺に生まれる
1522 12 7 伊達稙宗、陸奥守護職になる
1522 12 25 足利義晴が室町幕府第12代将軍になる
1523 8 10 毛利元就が吉田郡山城に移り、毛利本家の家督を継ぐ
1524 2 11 北条氏綱と武田信虎が甲斐猿橋で戦う
1524 11 23 武田信虎が北条氏綱と和睦する
1525 3 25 関東管領・上杉憲房が死去。享年59歳
1526 4 14 駿河守護・今川氏親が「今川仮名目録」を制定する
1526 6 23 駿河守護・今川氏親が死去。享年56歳
1527 3 22 阿波の細川持隆、三好元長が足利義維と細川晴元を擁して泉州堺に進出
1527 6 10 斉藤道三の長子・義龍が誕生
1529 2 15 肥前の大名・龍造寺隆信が誕生
1530 1 3 大友宗麟が誕生する
1530 1 21 長尾景虎(上杉謙信)が誕生
1530 6 12 北条氏康が上杉朝興を小沢城で破る
1532 6 22 三好元長が泉州堺南荘顕本寺で自刃。享年32歳
1532 7 29 享禄から天文に改元される
1532 7 30 一向一揆が大和高取城を攻撃、筒井、十市氏の来援により敗れ、吉野へ退く
1533 2 9 島津義久が島津貴久の長男として誕生
1533 9 24 朝倉義景が朝倉孝景の長男として誕生
1534 4 22 細川幽斎が三淵晴員の次男として誕生
1534 5 12 織田信長が織田信秀の長男として誕生
1535 7 23 島津義弘が島津貴久の次男として誕生
1535 9 20 丹羽長秀が丹波長政の次男として誕生
1535 12 5 松平清康が近臣の阿部弥七郎に殺害される。享年25歳
1536 1 15 佐々成政が誕生
1536 6 10 今川義元が義兄・玄広恵探の花倉城を攻め落とす
1536 9 6 室町幕府が土一揆勢の東福寺への乱入を阻止
1537 2 6 木下藤吉郎(豊臣秀吉)は尾張中村に生まれる
1537 2 10 今川義元が武田信虎の娘を娶り甲駿同盟が成立、駿河に侵攻した北条氏綱と交戦状態に入る
1537 11 13 将軍・足利義晴に後の第15代将軍・足利義昭が生まれる
1537 11 16 織田家臣・佐久間信盛が河内岩江城を攻略、三好義継は自刃
1538 3 13 肥前の豪族・鍋島清房の次男として直茂誕生
1538 10 7 北条氏綱が第一次国府台の合戦で足利義明、里見義堯を破る
1538 12 1 毛利元就が長男・隆元を人質として大内義隆に差し出す
1538 12 28 武田晴信(信玄)が海ノ口城を攻め落とし、初陣を飾る
1539 12 25 前田利家が誕生
1540 吉田郡山城の戦い
尼子晴久が、毛利元就が籠城する吉田郡山城を攻撃するが、尼子軍が撤退
1540 5 5 島左近が誕生
1540 9 4 尼子晴久が三万の兵を率いて安芸に侵入、吉田郡山城を囲む
1541 毛利元就が尼子詮久を破り、安芸国の武田信実を出雲へ追放
1541 武田晴信(後の信玄)が、父・信虎を駿河へ追放して家督を相続
1541 1 13 陶晴賢、毛利元就連合軍が尼子軍を破る
1541 6 14 武田晴信(信玄)が父・信虎を追放する
1541 7 19 北条氏綱が死去。享年55歳。子の氏康が跡を継ぐ
1541 11 13 尼子経久が月山富田城で死去。享年84歳
1542 第一次月山富田城
大内義隆が毛利元就とともに尼子領に攻めるが敗退する
1542 1 11 大内義隆が出雲へ遠征。毛利元就も従う
1542 4 8 足利将軍邸「花の御所」が室町の旧地に再建される
1542 4 10 北条氏康が鶴岡八幡宮の鳥居を建立する
1542 8 10 織田信秀が第一次小豆坂の戦いで今川義元を破る
1542 8 23 斉藤道三が守護・土岐頼芸を美濃から追放する
1543 4 30 月山富田城の戦いで、大内方についていた三沢為清らが再び尼子方に寝返る
1543 8 種子島にポルトガル人が漂着し鉄砲が伝わる
1543 8 25 ポルトガル人が種子島に漂着して鉄砲を伝える
1543 8 30 毛利元就の次男・少輔次郎が14歳で元服、元春を名乗る
1543 12 26 松平竹千代(徳川家康)が岡崎城主・松平広忠と正室・於大の長男として誕生
1544 7 29 毛利元就の次男・元春は吉川家に養子に入る
1544 9 11 竹中半兵衛が誕生
1544 9 23 織田信秀が斉藤道三を攻撃し大敗する
1545 4 18 武田晴信(信玄)が高遠城を接収する
1545 10 22 武田晴信(信玄)の仲介で今川義元が北条氏康と和睦する
1546 足利義輝が室町幕府第13代征夷大将軍になる
1546 1 1 最上義光が最上義守の嫡子として誕生する
1546 1 30 西園寺十五将の一人となる土居清良が誕生
1546 3 1 南部信直が南部政康の次男・石川高信の長子として誕生
1546 3 10 龍造寺隆信の曽祖父・龍造寺家兼が死去
1546 4 20 北条氏康が上杉憲政、上杉朝定らを破る
1546 5 日本三代奇襲のうちの一つ河越夜戦によって、劣勢であった北条家が関東管領・山内上杉家に優勢を築く
1546 5 川越城の戦いで北条氏康が上杉憲政・上杉朝定・足利晴氏の3者連合軍を破る
1546 11 29 黒田官兵衛が生まれる
1547 8 2 松平竹千代(徳川家康)が駿河今川氏の人質となり岡崎を出立する
1547 12 20 足利義輝が第13代将軍になる
1548 2 1 武田晴信(信玄)が村上義清討伐に向け躑躅ヶ崎館を出立
1548 2 14 上田原で武田晴信(信玄)と村上義清が戦う
1548 3 19 今川軍が第一次小豆坂の戦いで織田信秀を撃破する
1548 4 5 村上義清と小笠原長時が武田方の諏訪大社下社に放火する
1548 7 19 下諏訪勝弦峠で武田晴信(信玄)と小笠原長時が戦い、武田が勝利
1549 カトリック教会の修道会であるイエズス会のフランシスコ・ザビエルによりキリスト教が布教する
1549 江口の戦い
三好長慶が足利義輝を近江国に追放し、三好政長を討って京都を制圧
1549 2 24 織田信長が斉藤道三の娘・帰蝶と結婚
1549 3 3 筒井順慶が誕生
1549 6 24 三好長慶と十河一存が江口城を急襲。三好政長らが討死する
1549 7 22 フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸する
1549 11 9 織田信長の兄・信広と松平竹千代(徳川家康)の人質交換が成立
1549 11 27 松平竹千代(徳川家康)が今川家の人質として駿府に移る
1549 12 30 長尾景虎(上杉謙信)が長尾家を継ぎ越後守護代となる
1550 2 10 豊後大友氏の後継争いから二階崩れの変が起こる
1550 4 26 筒井順慶が2歳で家督を相続
1551 2 12 武田晴信が剃髪して信玄を名乗る
1551 3 3 織田信長の父・信秀が死去。享年42歳
1551 7 14 細川晴元勢、三好長慶家臣・松永久秀に敗れる
1551 9 1 大内義隆が陶晴賢の謀反により自刃。享年45歳
1552 斉藤道三が守護大名・土岐頼芸を尾張へ追放
1552 1 26 仙石権兵衛が美濃の土豪・仙石久盛の四男として誕生
1552 2 26 細川氏綱・三好長慶が入洛して幕府に出仕
1552 3 父が死去したため織田信長が家督を継ぐ
1552 3 30 関東管領・上杉憲政が長尾景虎(上杉謙信)を頼る
1552 4 2 将軍・足利義輝が尼子晴久を中国八カ国の守護に任じる
1552 8 16 前田利家が葦津の戦いで初陣を飾る
1552 11 18 フランシスコ・ザビエルが明の上川島で死去。享年46歳
1552 11 27 今川義元の娘が武田信玄の長子・義信に嫁ぎ、婚姻同盟が成立
1553 武田信玄と上杉謙信の第一次川中島の戦いが起こる
1553 1 6 小笠原長時が越後に逃げ、長尾景虎(上杉謙信)を頼る
1553 2 10 長尾景虎(上杉謙信)の兄・晴景が死去
1553 5 7 武田信玄、小笠原長時を桔梗原で破る
1554 甲相駿三国同盟成立
武田信玄・北条氏康・今川義元による和平協定が結ばれる
1554 1 24 織田信長が今川勢の守る村木砦を攻め落とす
1554 8 13 本願寺第十一世証如は死去。享年39歳。顕如が後継者となる
1554 11 1 尼子晴久が一族の新宮党・尼子国久、誠久父子を殺害する
1554 11 7 北条氏康が古河公方・足利晴氏を捕らえて大住郡波多野に幽閉する
1555 4 20 織田信長が織田信友を討ち清洲城を奪取、以後の居城とする
1555 7 19 武田信玄と長尾景虎(上杉謙信)が川中島で戦う(第二次川中島の戦い)
1555 9 8 朝倉家臣・朝倉宗滴が一乗谷にて病死。享年79歳
1555 9 21 陶晴賢が厳島に上陸、毛利方の宮尾城を攻撃
1555 10 厳島の戦いで、毛利元就が陶晴賢を破る
1555 10 23 天文から弘治に改元される
1555 10 29 茶人で千利休の師である武野紹鴎が死去。享年54歳
1555 10 1 毛利元就が厳島の戦いで陶晴賢に勝利
1555 11 12 斎藤義龍が仮病を装い、弟・孫四郎と喜平次を稲葉山城に呼び謀殺する
1556 1 6 藤堂高虎が誕生
1556 4 長良川の戦いで斎藤道三が長男の斎藤義龍に殺害される
1556 4 18 織田信長が斉藤道三救援に美濃へ出兵、大浦に陣を張る
1556 4 20 斉藤道三が対立していた息子・義龍に敗れ討死
1556 11 26 織田信長の叔父・信光が死去
1557 1 15 松平元信(徳川家康)が瀬名姫と結婚
1557 3 28 毛利元就が周防を平定
1557 4 3 毛利元就が周防の大内義長を討ち、大内氏を滅ぼす
1557 4 29 京都の等持院にて足利尊氏の200回忌が執り行われる
1557 7 5 武田信玄が長尾景虎(上杉謙信)と安曇郡小谷で戦う
1557 11 19 武田信玄が、北条氏政の正室となった娘の安産を浅間社に祈願
1557 11 25 毛利元就が息子三人に教戒状を送る
1557 12 2 毛利元就が傘連判による契状をしたためる
1558 2 5 松平元康(徳川家康)が三河寺部城を落とし初陣を飾る
1558 5 29 長尾景虎(上杉謙信)、佐野豊綱の連合軍が多功ヶ原で宇都宮勢の多功長朝らと戦う
1558 9 16 本願寺教如が本願寺顕如の長男として誕生
1558 9 25 武田信玄が甲斐善光寺建立のため、信濃善光寺本尊を甲府に移す
1558 11 2 織田信長が病と偽り、弟・織田信勝を清洲城に呼び寄せ殺害する
1559 織田信長が尾張守護の斯波義銀を追放し尾張を統一
1559 1 11 少弐冬尚が龍造寺隆信に攻められて自害。少弐氏は滅亡
1559 2 2 織田信長が上洛して将軍・足利義輝に拝謁
1559 3 6 松平元康(徳川家康)の長男・信康が誕生
1559 4 27 長尾景虎(上杉謙信)が上洛し将軍・足利義輝に拝謁
1559 5 1 長尾景虎(上杉謙信)が参内し、正親町天皇から盃、剣を賜る
1559 6 29 将軍・義輝が長尾景虎(上杉謙信)に、鉄砲火薬調合法の書「鉄放薬方并調合次第」を贈る
1559 10 6 狩野派を大成した狩野元信が死去
1559 11 9 朝倉義景が従四位下に叙せられる
1559 11 27 三好長慶と和睦した足利義輝が、5年ぶりに入京する
1559 12 28 将軍・足利義輝が伯父・近衛稙家の娘を正室に迎える
1560 清洲同盟で織田家と徳川家が同盟する
1560 1 20 北条氏康の里見領侵攻を受け、里見義堯が長尾景虎(上杉謙信)に援軍を要請する
1560 1 27 正親町天皇の即位式が行われる
1560 1 30 この月、イエズス会宣教師ガスパル・ヴィレラが室町幕府より布教許可を得る
1560 4 10 大阪城五人衆の一人、後藤又兵衛が誕生
1560 5 19 織田信長が桶狭間で今川義元を討ち取る
1560 5 23 松平元康(徳川家康)が桶狭間の戦いから戦線離脱し岡崎城に入る
1560 6 桶狭間の戦いで、織田信長が今川義元を破る
1560 6 父の長宗我部国親の急死により、長宗我部元親は家督を相続する
1560 6 15 長宗我部元親が父・国親死去にともない家督を嗣ぐ
1560 9 19 関白・近衛前久が長尾景虎(上杉謙信)支援のため越後へ下向する
1560 9 28 長尾景虎(上杉謙信)が上野沼田城攻めに続き、厩橋城に入城する
1560 12 10 日蓮宗妙本寺の住待日我が「いろは字書」を著す
1561 長尾景虎が関東官僚職を継承し、上杉政虎に改名
1561 第四次川中島の戦い
武田信玄と上杉謙信が川中島で戦う
1561 門司城・立花山城の戦い
大友軍が門司城の毛利元就に攻め入るも毛利方の小早川隆景の援軍により敗北
1561 2 19 井伊直政が井伊直親の長男として誕生
1561 3 7 長尾景虎(上杉謙信)が山内上杉憲政を奉じて武蔵・相模に侵入、小田原城を囲む
1561 4 15 松平元康(徳川家康)が善明堤で吉良義昭と戦う
1561 5 11 美濃稲葉山城主の斎藤義龍、急死する。享年35歳
1561 8 3 木下藤吉郎(豊臣秀吉)が浅野長勝の養女ねねと結婚。
1561 8 14 上杉政虎(謙信)春日山城を出陣し、川中島へ進撃
1561 8 29 武田信玄が海津城へ入り、妻女山の上杉政虎(謙信)と対峙
1561 9 9 川中島の戦いに際し、武田信玄に山本勘助が「啄木鳥の戦法」を献策
1561 9 10 上杉政虎(謙信)と武田信玄が信濃の川中島で戦う(第四次川中島の戦い)。武田信繁、山本勘助らが討死
1561 11 1 吉川広家が吉川元春の三男として誕生する
1562 清洲同盟
織田信長と松平元康が、清洲城で同盟を結ぶ
1562 1 12 前田利家の長男・利長が誕生
1562 1 15 織田信長と松平元康(徳川家康)が清洲で会議し同盟を結ぶ
1562 2 17 上杉輝虎(謙信)が上野館林城を攻略
1562 6 2 六角承禎が三好長慶と和、京から撤退し近江坂本へ移る
1562 6 24 加藤清正が誕生
1562 8 21 朝倉義景が越前一乗谷に公家を招き曲水の宴を催す
1562 11 5 吉川元春が本城常光親子を謀殺、毛利氏が大森銀山を完全に支配する
1563 1 8 第二次国府台の合戦。北条氏康が里見義弘を破り房総半島で勢力拡大
1563 2 4 北条氏康・武田信玄が上杉憲勝の拠る武蔵松山城を攻略
1563 3 1 細川晴元が摂津富田で死去。享年50歳
1563 7 6 松平元康が家康と改名する
1563 8 4 毛利隆元が急死し、長男・輝元が毛利家の家督を継ぐ
1564 2 4 北条軍と里見が下総市川で戦う
1564 2 6 竹中半兵衛がわずか10数人で斎藤義龍の稲葉山城を乗っ取る
1564 2 28 松平(徳川)家康が三河一向一揆を鎮圧
1564 3 18 武田信玄、上杉方の越後野尻城を攻落する
1564 4 28 山王堂で上杉輝虎(謙信)が小田氏治らを破る
1564 5 9 三好長慶が松永久秀の密告で弟・安宅冬康を謀殺する
1564 6 19 松平(徳川)家康が今川方の三河吉田城を攻略、三河を平定する
1564 7 4 三好長慶が死去。享年43歳
1564 7 5 宇佐美定満と長尾政景が野尻湖で舟遊び中に溺死
1564 7 23 北条氏政が太田資正から武蔵岩付城を奪取する
1564 7 25 毛利元就が豊後の大友宗麟と和睦、誓紙を交換する
1564 7 29 上杉輝虎(謙信)が、武田信玄の信濃野尻城攻略の報復に、川中島へ向け出陣する
1564 8 15 水野勝成が誕生
1565 松永久秀が13代将軍・足利義輝を暗殺
1565 3 27 本願寺顕如が武田信玄と3箇条の盟約を交わし、軍事同盟を結ぶ
1565 4 第二次月山富田城の戦い
この戦いの後尼子家は毛利家に降伏する
1565 5 1 三好義重(義継)が将軍・足利義輝から「義」の字を賜って義重と改名する
1565 5 19 第13代将軍・足利義輝が松永久秀ら三好方により暗殺される
1565 7 24 武田信玄による上野の諸城攻略を牽制するため上杉輝虎(謙信)が信濃へ向かう
1565 10 4 足利義昭が上杉輝虎(謙信)に手紙を送り、北条氏康と和睦して上洛することを求める
1565 10 15 武田家臣・飯富虎昌が謀反を企んだとして処断される。享年62歳
1565 11 13 織田信長の養女が武田勝頼に嫁ぎ、甲尾同盟が成立
1565 11 15 三好三人衆が三好義継を拉致、松永久秀と絶縁する
1565 12 15 三浦貞勝が三浦家親の長暦により自刃
1565 12 29 池田恒興の次男として池田輝政が誕生する
1566 3 10 足利義昭が上杉輝虎(謙信)に、北条氏との和睦と京都回復を依頼
1566 4 4 三好三人衆が大和に侵入、松永久秀勢と戦う
1566 5 13 織田信長側室の吉乃が病死。享年37歳
1566 5 30 松永久秀が三好三人衆に攻められ、堺から逃亡する
1566 6 8 筒井順慶が松永久秀に奪われていた大和筒井城を奪還する
1566 9 9 浅井長政が六角承禎を破る
1566 9 24 木下(豊臣)秀吉が墨俣城を築く
1566 9 29 武田信玄が箕輪城を落とし、長野業盛が自刃
1566 11 尼子義久は毛利元就に降伏し、尼子家が滅亡する
1567 織田信長は天下布武を使い始める
1567 稲葉山城の戦い
織田信長が斎藤義龍を稲葉山城で破り、城下町を岐阜と改める
1567 東大寺大仏殿の戦い
松永久秀と三好義継の連合軍が、東大寺で三好三人衆と筒井順慶の同盟軍を破る
1567 2 7 秋月種長が秋月種実の長男として誕生
1567 2 16 三好義継が三好三人衆の元を離れ、堺にいた松永久秀と手を結ぶ
1567 4 6 松永久秀が三好義継を擁立し、大和信貴山城へ入城
1567 5 27 徳川家康の長男・信康と織田信長の娘・徳姫が結婚
1567 8 3 伊達政宗が伊達輝宗の長男として誕生
1567 8 15 織田信長が稲葉山城を攻略。斎藤義龍は伊勢長島に逃れる
1567 8 17 今川氏真が甲斐へ送っていた塩の輸送を止めらせる
1567 8 18 立花宗茂が高橋紹運の長男として誕生
1567 10 19 武田信玄により幽閉されていた嫡子・義信が自刃。享年30歳
1567 10 10 松永久秀が三好三人衆が陣を張る東大寺を攻め、大仏殿を焼く
1567 11 21 月山富田城の戦いで尼子義久が毛利元就に降伏する
1567 11 28 月山富田城が開城し、尼子義久が安芸に送られる
1567 12 14 毛利氏に降伏した尼子義久が安芸長田の円明寺に幽閉される
1567 12 29 松平家康が朝廷の許しを得て徳川に改姓する
1568 足利義昭が織田信長に奉じられて入京
1568 足利義昭が征夷大将軍に就任
1568 2 8 足利義栄が室町幕府第14代将軍に就任する
1568 4 15 足利義秋が朝倉義景の越前一乗谷館で元服、名を義昭と改める
1568 6 8 伊東義祐が島津忠親が守る飫肥城を攻め落とす
1568 7 7 宇喜多直家が松田元輝の備前金川城を落とし、松田氏は滅亡
1568 7 10 武田信玄が上杉輝虎(謙信)の属城・信濃飯山城を攻める
1568 9 7 織田信長が足利義昭を奉じ上洛するため岐阜を出陣
1568 9 26 織田信長が足利義昭を奉じて上洛する
1568 10 18 足利義昭が室町幕府第15代将軍となる
1568 10 23 足利義昭が織田信長に副将軍又は管領への就任を要請
1568 10 2 織田信長が石山本願寺と堺に矢銭を課す
1568 12 3 黒田長政が黒田官兵衛の長男として誕生
1568 12 6 甲相駿三国同盟を破棄した武田信玄が、今川氏真討伐のため駿河へ出陣
1568 12 13 島津日新斎藤が死去。享年77歳
1569 三増峠の戦い
武田信玄が、三増峠で北条氏康率いる北条軍を破る
1569 1 2 北条氏康が上杉輝虎(謙信)に和睦を申し入れる
1569 1 5 三好三人衆が京に乱入し本国寺(本願寺)の足利義昭を襲撃
1569 1 9 織田信長、三好勢を破り、堺の町衆を従わせる
1569 1 10 織田信長が堺の町衆に軍用金2万貫(約6000億)を課す
1569 1 18 北条氏康が上杉輝虎(謙信)と結び武田信玄攻撃のため駿河に出陣
1569 1 26 武田信玄と北条氏政が駿河興津で対陣
1569 2 2 織田信長が足利義昭の新御所の築造を開始
1569 3 23 大友宗麟と龍造寺隆信が肥前の田手村で合戦
1569 3 27 三好義継が、織田信長の媒酌で将軍・足利義昭の娘と結婚
1569 3 2 織田信長、副将軍就任を断る
1569 4 8 織田信長が京でルイス・フロイスと会見
1569 4 14 将軍・足利義昭が織田信長に造営してもらった室町邸に移る
1569 5 3 上杉輝虎(謙信)と北条氏康が「越相同盟」を締結する
1569 5 17 徳川家康に攻められ今川氏真が遠江掛川城を退去する
1569 6 23 主家再建を目指す山中鹿之助が尼子勝久を奉じ、海路より出雲を攻める
1569 8 11 長宗我部元親が安芸国虎を滅ぼす
1569 10 3 大河内城を包囲していた織田信長と北畠具教が和睦する
1569 10 6 武田信玄と北条氏照が見増峠で対峙する
1569 10 8 武田信玄が三増峠で北条軍を破る
1569 10 12 大内輝弘が大友宗麟の軍を借りて毛利支配下の周防山口に侵入する
1570 金ヶ崎の戦い
織田信長が朝倉義景と戦うが浅井長政の裏切りにより撤退
1570 石山合戦
織田信長が石山本願寺で浄土真宗本願寺勢力と戦いを始める
1570 1 23 織田信長が将軍・足利義昭に五箇条の詰問状を送りつける
1570 2 14 毛利輝元が尼子勝久、山中鹿之介を破る
1570 4 23 永禄から元亀に改元される
1570 4 27 越前討伐中の織田軍に浅井長政離反の報が伝わり、全軍撤廃を開始
1570 4 30 浅井長政の離反にあった織田信長が、わずかの供回りと共に京都に到着する
1570 6 姉川の戦いで織田・徳川連合軍が浅井・朝倉軍を破る
1570 6 11 島津家久の子として島津豊久が誕生
1570 6 19 織田信長が浅井長政討伐のため岐阜を出陣
1570 6 28 姉川の戦いで織田徳川軍が浅井朝倉軍を破る。遠藤直経らが討死
1570 7 1 織田信長が近江佐和山城を包囲する
1570 8 20 龍造寺軍の鍋島直茂が大友宗麟の軍勢を破る
1570 9 12 石山本願寺が織田信長に対して挙兵、石山合戦が始まる
1570 9 20 浅井長政、朝倉義景が織田信長の近江宇佐山城を攻め、織田家臣・森可成らが討死
1570 10 8 徳川家康が上杉輝虎(謙信)に起請文を送って同盟を結び、武田信玄と断交する
1570 11 21 伊勢長島の一向一揆により尾張小木江城が落城、織田信長の弟・信興が自刃する
1570 11 26 織田家臣・坂井政尚が比叡山で討死
1571 毛利元就死去
1571 1 3 武田信玄が北条綱成、氏繁を攻め、開城を促す「深沢城矢文」を射込む
1571 2 11 塚原卜伝が死去。享年83歳
1571 3 5 武田信玄が徳川方の江高天神城を包囲
1571 4 19 武田信玄、勝頼父子が徳川方の三河足助城を攻略
1571 5 12 織田信長が伊勢長島一向一揆平定のため、五万を率いて出陣する
1571 5 16 伊勢長島一向一揆で氏家卜全が討死、柴田勝家が負傷する
1571 6 14 毛利元就が死去。享年75歳
1571 6 23 島津氏第15代当主・島津貴久が死去。享年58歳
1571 8 26 織田信長が浅井長政の小谷城を攻める
1571 9 織田信長は比叡山焼き討ちを行う
1571 9 4 毛利輝元が佐井田城を攻めるが、宇喜多直家に敗れる
1571 9 12 織田信長が比叡山延暦寺を焼き払う
1571 10 3 北条氏康が小田原城で死去。享年57歳
1571 10 15 織田信長が京の町衆に米を貸し、その利息を朝廷に献上する
1571 12 11 山科言継が正親町天皇から織田信長への論旨を預かり、美濃へ向けて主立
1571 12 13 織田信長が、正親町天皇の論旨を得て浅井朝倉軍と和議
1572 3 8 朝倉義景が織田信長の江北出陣の動きに対し、出陣の準備
1572 5 木崎原の戦いで島津義弘は伊東軍を壊滅させた
1572 5 4 木崎原で島津義弘が伊東祐安を破る
1572 10 3 武田信玄が上洛のため甲府を発ち、遠江へ向かう
1572 10 16 武田信玄が遠江合代島に陣を置き、徳川家康の二俣城を囲む
1572 11 20 織田信長と上杉謙信が同盟を結ぶ
1572 12 27 武田信玄と北条氏政が講和、上杉謙信と断交する
1573 武田信玄死去
1573 室町幕府滅亡
将軍・足利義昭が織田信長によって京都から追放される
1573 朝倉義景と浅井長政が織田信長に攻められ赤尾屋敷で長政が自害。後に一乗谷城も陥落して義景も自害し、朝倉家と浅井家が滅亡
1573 1 三方ヶ原の戦いで徳川家康は武田信玄に敗れる
1573 1 30 足利義昭が信長打倒のために挙兵する
1573 2 13 将軍・足利義昭が信長包囲網を作り挙兵
1573 2 20 近江で一向宗徒らが織田信長に反旗を翻す
1573 2 27 本願寺顕如が上杉謙信牽制のため、武田信玄に信濃出兵を要請
1573 3 30 足利義昭が三好三人衆、松永久秀らと、織田信長方の村井貞勝の屋敷を包囲
1573 4 2 織田信長が洛外28ヶ所に放火し、将軍・足利義昭に和睦を迫る
1573 4 4 織田信長が足利義昭の籠る二条御所がある上京を焼き討ちする
1573 4 7 正親町天皇の勅命により、織田信長と足利義昭が和睦する
1573 4 12 武田信玄が死去。享年53歳
1573 6 13 将軍・足利義昭が挙兵を画策し、兵糧米を毛利輝元に依頼
1573 7 3 足利義昭が槇島城で信長打倒のため挙兵する
1573 7 6 織田信長が新造した船に乗り、近江佐和山から坂本へ出陣
1573 7 18 室町幕府が滅亡する
1573 7 28 織田信長の奏請により元亀から天正に改元される
1573 8 2 信長包囲網に加わった岩成友通が細川幽斎らに攻められ討死
1573 8 10 上杉謙信が越中の一向宗徒を掃討して加賀朝日山城に入る
1573 8 13 織田信長が近江で朝倉義景を破り、越前に追撃する
1573 8 20 織田信長に追い詰められた朝倉義景が一族の景鏡の裏切りにあい自刃。享年41歳
1573 8 27 織田信長の小谷城総攻撃により浅井長政の父・久政が自刃
1573 8 28 浅井長政が小谷城で自刃
1573 10 17 浅井長政の長男・万福丸が処断される
1573 11 23 織田信長が京都妙覚寺で茶会を催す
1573 12 1 大徳寺住持となる沢庵宗彭が生まれる
1573 12 6 細川幽斎、三条西実枝に古今伝授の誓状を提出
1573 12 22 武田信玄が三方ヶ原で徳川家康を破る
1574 長島一向一揆で本願寺門徒らが蜂起する
1574 1 1 織田信長が岐阜城での主演の肴に朝倉義景・浅井親子の頭蓋骨を供す
1574 2 5 武田勝頼が美濃明知城を攻略
1574 2 8 徳川家康の次男・結城秀康が誕生
1574 3 19 羽柴(豊臣)秀吉が近江長浜の領民に田地を開墾した者に土地を与えるとの御触書を出す
1574 3 28 織田信長が朝廷より名香木の蘭奢待を拝領する
1574 3 4 織田信長が上杉謙信に「洛中洛外図屏風」を贈る
1574 3 5 武田信玄の父・信虎が死去。享年77歳
1574 5 5 織田信長が豊凶神事の「賀茂競馬」を開催する
1574 5 20 伊達輝宗が最上義光と出羽村山にて戦う
1574 6 17 武田勝頼が徳川方の遠江高天神城を落とす
1574 7 27 上杉謙信が武蔵に侵入し北条方の鉢形、松山、忍城を攻める
1574 9 29 織田信長が伊勢長島の一向一揆を滅ぼす
1574 11 22 上杉家臣・柿崎景家が死去
1574 12 26 松永久秀、織田信長に降伏して大和多聞山城を開城する
1575 長宗我部元親が四万十川の戦いに勝利し土佐一国を支配する
1575 1 11 上杉謙信が養子・顕景の名を景勝と改める
1575 3 16 織田信長、今川義元の子・氏真と京都相国寺で会見する
1575 3 20 織田信長が京都相国寺において今川氏真の蹴鞠を見物する
1575 4 2 石山本願寺の本願寺顕如が織田信長に対し、再度挙兵する
1575 4 21 武田勝頼が三河長篠城を包囲
1575 5 16 徳川方の鳥居強右衛門が武田軍に捕縛され、処断される
1575 5 21 三河長篠にて織田徳川連合軍が武田勝頼に圧勝。山県昌景、馬場信春らが討死
1575 5 28 男子のない立花道雪が、娘の誾千代に家督を譲る
1575 6 長篠の戦いで織田信長・徳川家康連合軍が武田勝頼を破る
1575 6 18 大友宗麟、義統父子が家臣・立花道雪の娘・誾千代への家督相続を承認
1575 7 16 長宗我部元親が土佐を統一する
1575 10 21 本願寺顕如が織田信長に和睦を請い認められる
1575 10 28 織田信長が妙覚寺で茶会を開き、千利休が茶頭を務める
1575 11 4 織田信長が従三位権大納言に叙任される
1575 11 10 岩村城の戦いで織田軍が武田軍に大勝する
1576 1 織田信長は安土城の築城を開始
1576 2 8 織田信長に京を追われた足利義昭が毛利氏を頼り、備後鞆に到着
1576 2 15 播磨の大名、赤松氏の第12代当主・赤丸義祐が死去
1576 2 23 織田信長が岐阜城から安土に移る
1576 4 16 武田勝頼が父・信玄の葬儀を甲斐恵林寺にて行う
1576 5 9 筒井順慶が織田信長より大和国の守護を任される
1576 5 18 上杉謙信が将軍・足利義昭の要請に応じ、本願寺顕如と和睦する
1576 6 25 将軍・足利義昭の要請を受け、上杉謙信が武田氏、北条氏との和睦を承諾
1576 7 13 毛利村上水軍が織田軍を尼崎沖、木津川口に破る
1576 11 17 上杉謙信が能登七尾城を攻める
1576 11 25 織田信長が北畠一族の抹殺を指示し、三瀬御所で北畠具教らが討たれる
1576 11 28 織田信長が家督と岐阜城を織田信忠に譲る
1576 12 27 徳川家康が織田信長の命で伯父の刈谷城主・水野信元を殺害する
1577 1 22 武田勝頼が北条氏政の妹と結婚
1577 2 12 織田信長が雑賀討伐を決め、先陣が京都を出陣
1577 2 22 織田信長が雑賀衆を攻撃
1577 3 15 織田信長、信忠が雑賀一揆を鎮圧する
1577 8 17 信長配下の松永久秀が謀反を起こし、大和信貴山城に立て籠る
1577 9 17 上杉謙信が七尾城を落とし、能登を統一
1577 9 23 上杉謙信が加賀手取川にて柴田勝家らを追撃し撃破
1577 10 23 羽柴(豊臣)秀吉が黒田官兵衛の出迎えにより姫路城に入城する
1577 10 松永久秀が織田信長に対して謀反を起こす
1577 10 10 松永久秀が織田信長に攻撃され信貴山城で自害
1577 10 16 明智光秀が亀山城を落とし、丹波経路の基地とする
1577 11 20 織田信長が右大臣に叙任される
1578 大友宗麟と島津義久が耳川の戦いを行う
1578 上杉謙信死去、上杉景勝が家督を相続する
1578 第二次木津川の戦い
毛利・村上水軍が織田水軍と木津川口で戦い大敗
1578 1 29 織田信長が家臣の妻子を安土へ強制移住させる
1578 3 15 上杉謙信の葬儀が行われる
1578 3 29 羽柴(豊臣)秀吉が播磨三木城の別所長治攻めを開始する
1578 3 9 上杉謙信が春日山城の厠で倒れる
1578 3 13 上杉謙信が春日山城で死去。享年49歳
1578 4 9 織田信長が右大臣、右大将の官位官職を返上する
1578 5 7 武田家臣・高坂昌信が死去。享年52歳
1578 5 13 上杉景虎が春日山城を抜け出し、御館に籠城する
1578 6 7 上杉景勝と武田勝頼が和睦
1578 6 21 宇喜多直家、毛利輝元軍が秀吉軍と播磨上月城下で戦い勝利する
1578 7 3 尼子勝久が上月城で自刃
1578 7 17 山中鹿之介が護送中に毛利氏の手によって殺害される。享年34歳
1578 7 20 津軽為信が浪岡城を落とし、北畠氏を滅ぼす
1578 9 29 北条氏政が世田谷新宿を楽市とする
1578 10 21 荒木村重が織田信長に謀反し、有岡城に籠る
1578 10 荒木村重が織田信長に対して謀反を起こす
1578 11 6 織田信長方の九鬼嘉隆の指揮する鉄甲船が、大阪湾木津川口で毛利水軍を破る
1578 11 9 織田信長が荒木村重の摂津有岡城攻撃のため山﨑へ出陣
1578 11 12 耳川の戦いで島津義久が大友宗麟に大勝する
1578 11 30 羽柴(豊臣)秀吉が播磨上月城救援に出陣した宇喜多広維と城下で交戦する
1578 12 3 羽柴(豊臣)秀吉が播磨上月城を奪取、尼子勝久、山中鹿之介を三木城から上月城へ移す
1578 12 5 出羽米沢城主・伊達晴宗(政宗の祖父)が死去。享年59歳
1578 12 9 伊東義祐が島津義弘に攻められ、佐土原城から逃亡、島津が日向を支配する
1578 12 10 織田信長が鷹狩のため、安土城を出て三河の吉良へ向かう
1578 12 23 上杉景勝、武田勝頼の妹・菊姫と婚約する
1579 3 17 上杉景勝、御館の乱で上杉景虎を撃破する
1579 3 17 織田信長が石山本願寺顕如と講和する
1579 3 24 上杉家の家督争いから起きた御館の乱が終結。景勝が勝ち、景虎は自刃
1579 6 13 竹中半兵衛が三木城攻めの陣中で没す。享年36歳
1579 7 2 イエズス会巡察使アレッサンドロ・ヴァリニャーノが来日
1579 7 16 織田信長が徳川家康に、正妻・瀬名姫と長男・信康の処罰を命じる
1579 8 29 徳川家康が正室・瀬名姫を武田氏内通の嫌疑により殺害する
1579 9 2 織田信長に謀反した荒木村重が有岡城を脱出
1579 9 15 徳川家康が長男・信康を自刃させる
1579 9 16 織田信雄が伊賀に侵攻し、伊賀国人衆に敗れる
1579 10 20 上杉景勝が武田勝頼の妹・菊姫と結婚
1579 10 24 明智光秀が安土で織田信長に丹波・丹後両国の平定を報告する
1579 10 30 織田信長が宇喜多直家の降伏を認め、帰属を許す
1579 10 2 種子島時堯が死去。享年52歳
1579 11 7 毛利秀元が穂井田元清の次男として誕生
1580 織田信長が石山本願寺の本願寺顕如を紀伊国鷺ノ森に退去させる
1580 1 5 伊勢国司北畠家の第9代当主・北畠具房が死去。享年34歳
1580 1 6 羽柴(豊臣)秀吉が播磨三木城に迫り、鷹の尾、宮の上両砦を占拠
1580 1 17 羽柴(豊臣)秀吉が別所長治の三木城を兵糧攻めで落とす
1580 2 三木城の戦いで織田の家臣の羽柴秀吉が、播磨三木の別所を兵糧攻めで滅ぼす(三木の干し殺し)
1580 3 5 織田信長と本願寺顕如が和睦、石山合戦の終結
1580 4 9 本願寺顕如が織田信長と和睦後、石山本願寺を退去する
1580 4 10 イエズス会が肥前有馬にセミナリオ(神学校)を開校する
1580 4 24 羽柴(豊臣)秀吉が弟・秀長に但馬平定を命じる
1580 6 30 上田城主・真田昌幸が北条方の沼田城を奪う
1580 7 2 織田信長が本願寺講和後も抵抗した荒木元清の花隈城を落とす
1580 8 12 織田信長が佐久間信盛に対し石山本願寺攻めの不手際を責め、高野山へ追放する
1580 9 10 徳川家康の四男として松平忠吉が誕生
1580 9 22 織田信長が佐々成政を越中に移す
1580 11 17 柴田勝家が加賀の一向一揆を平定する
1580 12 16 荒木村重家臣の妻女や若党ら500名余りが処刑される
1581 1 16 イエズス会が豊後にコレジョ(神学校)を建設
1581 1 25 京極高次の父・高吉が死去。享年78歳
1581 2 23 イエズス会のアレッサンドロ・ヴァリニャーノが、黒人(弥助)を伴い織田信長を訪れる
1581 2 28 織田信長が馬揃えを行う
1581 3 22 徳川家康が武田勝頼の高天神城を奪還する。岡部元信が討死。
1581 6 25 羽柴(豊臣)秀吉が鳥取城に向け姫路を出陣
1581 7 12 羽柴(豊臣)秀吉が吉川経家の鳥取城と支城丸山城を包囲する
1581 9 11 織田軍が伊賀を平定する
1581 10 25 羽柴(豊臣)秀吉が兵糧攻めにより鳥取城を落とし、城将・吉川経家が城兵の命と引き換えに自刃
1581 12 2 相良義陽が響野原で甲斐宗運に敗れ、討死。享年38歳
1582 1 4 南部家第24代当主・南部晴政が病死する。享年66歳
1582 1 9 宇喜多直家の死が発表される
1582 1 16 織田家臣・佐久間信盛が高野山にて死去。享年55歳
1582 1 28 天正遣欧使節団がローマ教皇に会うために長崎を出港
1582 2 3 織田信長が甲斐侵攻路を決定する
1582 2 18 徳川家康が駿河、甲斐侵攻に向け遠江浜松城を出陣、掛川城に入る
1582 3 23 織田信長が滝川一益を関東菅僚に任じる
1582 3 29 織田信長が徳川家康に駿河を与える
1582 3 2 織田信忠が武田勝頼方の高遠城を落とす
1582 3 11 織田・徳川軍の侵攻に敗れ、武田勝頼が自刃。享年37歳
1582 4 3 織田信長が六角義定らを匿った甲斐恵林寺を焼き討ち
1582 5 織田の羽柴秀吉が毛利の備中高松城を水攻めする
1582 5 8 羽柴(豊臣)秀吉が備中高松城を水攻めの築堤工事を開始する
1582 5 17 織田信長が明智光秀に羽柴(豊臣)秀吉の援軍として備中出陣を命じる
1582 5 28 明智光秀が丹波愛宕山にて連歌会を催す
1582 5 29 織田信長が小姓らを連れ京都四条の本能寺に入る
1582 6 本能寺の変で、明智光秀が織田信長を襲撃する
1582 6 備中高松城の戦いで毛利方は羽柴秀吉に降伏し、清水宗治が切腹する
1582 6 山崎の戦いで明智光秀を羽柴秀吉を破る
1582 6 1 織田信長が本能寺で茶会をひらき、徳川家康一行は堺で接待を受ける。明智光秀が亀山城を出陣
1582 6 2 本能寺の変が起こる。織田信長、森蘭丸らが討死
1582 6 3 柴田勝家が魚津城を攻め落とし、吉江宗信らが自刃する
1582 6 3 明智光秀は坂本城へ向かい、羽柴(豊臣)秀吉は毛利との講和を急ぎ、徳川家康が伊賀に入る
1582 6 4 羽柴(豊臣)秀吉が織田信長の死を秘して毛利軍と和睦し、備中高松城は落城。明智光秀は安土へ入城する
1582 6 5 羽柴(豊臣)秀吉が茨木城主・中川清秀に織田信長生存の虚報伝える
1582 6 6 羽柴(豊臣)秀吉が光秀討伐へ「中国大返し」を開始、明智光秀は上杉景勝に援軍依頼の使者を送る
1582 6 7 羽柴(豊臣)秀吉は姫路城へと向かい、明智光秀は朝廷の使者・吉田兼見を安土城に迎える。柴田勝家は上杉軍に敗れ越前へ退却
1582 6 8 本能寺の変に乗じて挙兵した安藤守就が稲葉一鉄に敗れ、自刃する
1582 6 9 羽柴(豊臣)秀吉は姫路を発ち明石へ、明智光秀は細川幽斎・忠興父子に協力を要請の密書を送る
1582 6 10 明智光秀が筒井順慶の出陣を促し洞ヶ峠に出陣、順慶は大和郡山城に籠る
1582 6 11 羽柴(豊臣)秀吉が尼崎城に到着、明智光秀は洞ヶ峠から下鳥羽に帰陣
1582 6 12 羽柴(豊臣)秀吉が摂津富田に着陣、諸将の配置を決める
1582 6 13 山﨑の戦い
1582 6 14 秀吉方が亀山城を取り、徳川家康が岡崎城を出陣
1582 6 15 明智秀満が坂本城で一族と共に自刃。安土城消失
1582 6 16 明智光秀の首が京都粟田口に晒される
1582 6 17 斎藤利三が六条河原で処断される
1582 6 26 毛利輝元が備中高松城での自刃した清水宗治の子・景治に感状を送る
1582 6 27 織田信長の後継と遣領をめぐり清洲会議が開かれる
1582 7 8 羽柴(豊臣)秀吉が山城で検地を行う
1582 7 9 徳川家康が甲斐侵攻を開始
1582 7 清洲会議で織田家の後継者が決まる
1582 8 26 徳川四天王の一人・井伊直政の養母・井伊直虎が死去
1582 10 29 徳川家康と北条氏政が和睦。甲斐、信濃は徳川領、上野は北条領と決まる
1582 10 15 羽柴(豊臣)秀吉が織田信長の葬儀を京都大徳寺で盛大に行う
1582 12 4 旧美濃守護・土岐頼芸が美濃で死去。享年81歳
1582 12 24 武田勝頼が新造した韮崎新府城に移る
1583 羽柴秀吉の家臣の仙石秀久は、四国の長宗我部方の城を攻めるが敗退する
1583 2 25 信濃小笠原氏の当主・小笠原長時が死去。享年70歳
1583 3 9 柴田勝家が羽柴(豊臣)秀吉との決戦に向け越前北ノ庄を出陣
1583 4 賤ヶ岳の戦いで、羽柴秀吉が柴田勝家を破る
1583 4 21 北近江賤ヶ岳で羽柴(豊臣)秀吉が柴田勝家を破る
1583 4 23 羽柴(豊臣)秀吉が柴田勝家の籠る越前北ノ庄城を包囲する
1583 4 24 北ノ庄城に追い詰められた柴田勝家が城に放火してお市と共に自刃
1583 4 28 羽柴(豊臣)秀吉が加賀を平定して尾山常に入る
1583 5 2 織田信長の三男・信孝が羽柴(豊臣)秀吉の命令により切腹。享年26歳
1583 5 12 賤ヶ岳の戦いで羽柴(豊臣)秀吉に敗れた佐久間盛政が処断される
1583 5 25 羽柴(豊臣)秀吉が池田恒興を美濃大垣へ、元助を岐阜へ、輝政を美濃池尻へ移す
1583 8 28 羽柴(豊臣)秀吉が大阪城築城を開始する
1583 12 12 徳川家康が再び甲斐に入り、甲斐支配の体制を整える
1583 12 20 羽柴(豊臣)秀吉が織田信孝を岐阜城に攻囲し、降伏させる
1584 小牧長久手の戦いで秀吉軍と織田・徳川軍が衝突する
1584 沖田綴の戦い
有馬晴信・島津家久連合軍が沖田綴で龍造寺隆信を破り、九州の最大勢力となる
1584 3 24 沖田綴の戦いで島津家久、有馬晴信の軍が勝利する。龍造寺隆信らが討死
1584 3 26 紀伊根来衆、雑賀衆が堺を攻撃
1584 3 6 織田信雄が羽柴(豊臣)秀吉との関係を絶ち、徳川家康と同盟
1584 3 13 大垣城主・池田恒興が尾張犬山城を攻撃
1584 4 9 徳川軍が長久手の陣で完勝する。池田恒興、森長可が討死
1584 6 28 山形城主・最上義光が寒河江高基を寒河江城に攻め滅ぼす
1584 8 8 羽柴(豊臣)秀吉が新たに築城した大阪城に入る
1584 8 11 大和国主・筒井順慶が大和郡山城にて死去。享年36歳
1584 10 6 蘆名氏第18代当主・蘆名盛隆が家臣の大庭三左衛門に殺害される。享年24歳
1584 10 14 前田利家が加賀河北郡鳥越城を攻撃する
1584 11 22 羽柴(豊臣)秀吉が従三位大納言に叙任される
1584 11 23 佐々成政が厳寒のさらさら越えを決行する
1584 12 8 今川、武田、徳川家に仕えた岡部正綱が死去
1585 羽柴秀吉が関白に就任し藤原姓になる
1585 2 22 天正遣欧使節がローマ教皇グレゴリウス13世に謁見する
1585 3 24 羽柴(豊臣)秀吉が根来衆を攻撃、焼き払う
1585 3 8 羽柴(豊臣)秀吉が大徳寺で大茶会を催す
1585 4 22 羽柴(豊臣)秀吉が蜂須賀正勝、前野長康を水攻め中の紀州太田城へ向かわせ降伏を促す
1585 4 25 羽柴(豊臣)秀吉が紀州太田城を水攻めで落とす
1585 6 四国征伐が始まる
1585 6 22 羽柴(豊臣)秀吉が蜂須賀家政に阿波一国を与える
1585 7 1 一条家当主・一条兼定が死去。享年43歳
1585 7 11 羽柴(豊臣)秀吉が関白となる
1585 7 四国の長宗我部元親は、羽柴秀吉に降伏する
1585 7 25 長宗我部元親が羽柴(豊臣)秀吉に降伏、土佐一国を安堵される
1585 8 6 羽柴(豊臣)秀吉が長宗我部元親を降し、四国を平定する
1585 8 26 羽柴(豊臣)秀吉に富山城を包囲された佐々成政が降伏する
1585 9 11 大友家臣・立花道雪が死去。享年73歳
1585 10 8 伊達政宗が父・輝宗を拉致した二本松義継を討ち、輝宗は落命
1586 藤原秀吉が太政大臣となり、豊臣姓になる
1586 1 23 島津義久が肥後を平定
1586 2 21 羽柴(豊臣)秀吉が聚楽第の建設を開始
1586 3 9 徳川家康が伊豆三島で北条氏政、氏直父子と会見
1586 4 5 大友宗麟が大阪城で羽柴(豊臣)秀吉に面会し、島津討伐を要請する
1586 5 4 織田信長に謀反、その後、羽柴(豊臣)秀吉の御伽衆となった荒木村重が死去
1586 5 14 徳川家康と羽柴(豊臣)秀吉の妹・旭姫の婚儀は浜松で行われる
1586 5 22 蜂須賀小六が死去。享年61歳
1586 7 27 島津軍が高橋紹運が籠る岩屋城を陥落させ、紹運が討死する。享年39歳
1586 9 9 織田信長の重臣・滝川一益が死去。享年62歳
1586 10 27 徳川家康が大阪城で羽柴(豊臣)秀吉に謁見し、巨従を誓う
1586 10 9 豊臣秀長が領国の大和で京枡の使用を命じる
1586 11 15 吉川元春が小倉の陣中で死去。享年57歳
1586 11 17 人取橋の戦いで鬼庭左月斎の殿軍を務め討死。享年74歳
1586 12 戸次川の戦いで、島津軍が豊臣連合軍を圧倒した
1586 12 10 織田信長の四男で豊臣秀吉の養子・秀勝が丹波亀山城で死去。享年18歳
1587 4 豊臣秀吉が九州の島津家を破る
1587 4 17 島津義弘、家久が豊臣秀吉の九州討伐軍に大敗する
1587 5 6 北条家臣で黄備隊を率いた北条綱成が死去。享年73歳
1587 5 18 キリシタン大名・大村純忠が死去。享年55歳
1587 5 22 島津義弘が豊臣秀吉に降伏する
1587 5 23 豊後のキリシタン大名・大友宗麟が死去。享年58歳
1587 5 30 九州を平定後、豊臣秀吉が佐々成政に肥後を与える
1587 6 5 島津貴久の四男・家久が死去。享年41歳
1587 6 19 豊臣秀吉がバテレン追放令を出す
1587 7 豊臣秀吉がバテレン追放令を出す
1587 8 13 肥後で国人一揆がおこる
1587 9 1 安東氏第8代当主・安東愛季が死去。享年49歳
1587 9 13 聚楽第が完成し、豊臣秀吉が大阪城から移る
1587 10 25 上杉家に反乱を起こした新発田重家が自刃。享年41歳
1587 10 26 安房里見氏第7代当主・里美義頼が死去
1587 10 1 豊臣秀吉が北野大茶会を催す
1587 12 4 徳川家康が浜松城から駿府城に移る
1587 12 12 戸次川の戦いで島津家久が仙石権兵衛の軍を破る。長宗我部信親、十河存保らが討死
1587 12 19 羽柴秀吉が太政大臣に叙任され、豊臣姓を賜る
1588 1 13 足利義昭が出家
1588 1 24 豊臣秀吉が天正大判の鋳造を命じる
1588 5 14 駿府城の天守が竣工する
1588 5 15 方広寺大仏殿の再着工にあたり、起工式が行われる
1588 7 8 豊臣秀吉が諸大名に刀狩令を発令する
1588 7 10 伊達政宗と佐竹義重、蘆名義広との講和が成立
1588 7 14 徳川家康が北条氏規に再度強く上洛を促す
1588 10 26 豊臣秀吉が徳川家康に命じて伊達、最上、蘆名、佐竹各氏の和睦をはかり、成功する
1589 摺上原の戦い
伊達政宗が摺上原で蘆名義広を破る
1589 5 2 紀州雑賀党の猛将・鈴木重秀が死去。享年不詳。
1589 5 27 豊臣秀吉の長男・鶴松が淀城で生まれる
1589 6 5 伊達政宗が会津摺上原で蘆名氏を破る
1589 6 16 上杉景勝が佐渡の羽茂城を攻め落とす
1589 11 1 北条玄庵が死去。享年97歳
1589 11 19 稲葉一鉄が美濃清水城で死去。享年74歳
1589 11 24 豊臣秀吉が北条氏政宛に宣戦布告の書状を送りつける
1590 小田原攻めにより、北条家が豊臣秀吉に敗北
1590 1 14 豊臣秀吉の妹で徳川いえやす継室の旭姫が死去。享年48歳
1590 2 11 井伊直政の次男・井伊直孝が誕生
1590 3 1 豊臣秀吉が北条攻めに踏み切り、小田原へ向け京都を出陣する
1590 4 6 豊臣秀吉、早雲寺に本陣を構え、小田原城攻囲戦を開始
1590 4 11 利休高弟の山上宗二が豊臣秀吉の勘気を被り、処刑される
1590 6 1 石田三成らが北条方の武蔵忍城を包囲する
1590 6 6 角館城主・戸沢盛安が死去。享年25歳
1590 6 9 豊臣秀吉が小田原攻略の陣中に伊達政宗を引見
1590 6 16 石田三成が武蔵忍城の水攻めに失敗する
1590 6 20 天正遣欧使節とアレッサンドロ・ヴァリニャーノが長崎に帰還
1590 6 26 豊臣秀吉が小田原北条攻めの本陣を石垣山の一夜条へ移す
1590 7 5 北条氏直が豊臣秀吉に降伏。豊臣秀吉の天下統一が成る
1590 7 11 豊臣秀吉に敗れた北条氏政、氏照が切腹
1590 7 16 石田三成が攻略に当たった忍城が開城する
1590 8 1 徳川家康が豊臣秀吉の命により関東入国(江戸御打入り)
1590 8 9 豊臣秀吉が豊臣秀次に検地を命じ奥州仕置を発令する
1590 8 12 豊臣秀吉に敗れて追放になった北条氏直が高野山に入る
1590 9 10 浅井家臣・磯野員昌が死去。享年68歳
1590 9 14 絵師・狩野永徳が死去。享年48歳
1590 11 11 豊臣秀長の病気平癒を祈願し大和興福寺にて祈祷が行われる
1590 11 14 伊達政宗と蒲生氏郷が奥州一揆の討伐計画を練る
1590 11 25 小西行長が加藤清正の援助により天草を平定する
1591 1 22 豊臣秀吉の弟・秀長が死去。享年52歳
1591 1 27 豊臣秀吉が義父・秀長の死により家督を相続、大和郡山城主となる
1591 2 千利休が豊臣秀吉に切腹させられる
1591 2 4 伊達政宗が葛西大崎一揆を扇動したとして秀吉より査問を受ける
1591 2 9 豊臣秀吉が木村父子の失政を咎め陸奥の所領を没収、伊達政宗に与える
1591 2 13 千利休が豊臣秀吉から蟄居を命じられる
1591 2 25 千利休が蟄居中の堺で遺書をしたためる
1591 2 26 京都市中に豊臣秀吉をからかう落首が出る
1591 2 28 千利休が切腹
1591 6 20 豊臣秀吉が陸奥平定のため豊臣秀次、徳川家康、蒲生氏郷らを派遣する
1591 8 5 豊臣秀吉の長男・鶴松は淀城で死去
1591 8 21 豊臣秀吉が「身分統制令」を出して身分の異動を禁じる
1591 9 4 蒲生氏郷らが九戸政実の乱を鎮圧する
1591 9 8 岩付城主・太田資正が死去。享年79歳
1591 11 4 北条氏直が河内天野で死去。享年30歳
1591 12 豊臣秀吉は甥の豊臣秀次に関白を譲る
1592 1 豊臣秀吉は朝鮮出兵を命じる(文禄の役)
1592 1 4 徳川家康の六男・松平忠輝が誕生する
1592 4 11 豊臣秀吉、毛利輝元の後継に養嗣子・秀元を承諾する
1592 7 18 島津歳久が死去。享年56歳
1592 7 22 豊臣秀吉の生母・大政所が死去。享年77歳
1592 11 24 本願寺第11世顕如が京都で死去。享年50歳
1592 12 28 秀吉が、豊臣秀吉が甥の秀次に関白を譲り、自らは太閤となる
1593 8 豊臣秀頼が生まれる
1593 8 3 淀殿が大阪城で豊臣秀頼を出産
1593 8 5 堺の豪商・今井宗久が死去。享年74歳
1593 12 8 天正から文禄に改元される
1594 2 27 豊臣秀吉が秀次、徳川家康、前田利家らと吉野で花見を行う
1594 3 20 伏見城築城のため、淀城が破却される
1594 4 29 豊臣秀吉が湯治のため摂津国有馬温泉を訪れる
1594 8 24 大盗賊・石川五右衛門が京三条河原で刑に処される
1594 9 15 徳川家康の重臣・大久保忠世が死去。享年63歳
1595 2 7 織田信長、豊臣秀吉に仕えた蒲生氏郷が死去。享年40歳。毒殺説も流れる
1595 7 3 関白・豊臣秀次が謀反の疑いで尋問される
1595 7 15 豊臣秀次が豊臣秀吉の命により高野山青巌寺で切腹。享年28歳
1595 7 豊臣秀吉は豊臣秀次の関白職を奪い自害させる
1595 7 20 豊臣秀吉が子・秀頼の後見人に前田利家を据える
1595 8 2 豊臣秀次の一族が、京三条河原にて処刑される
1595 9 17 徳川秀忠と浅井長政の三女・江が結婚する
1596 1 29 豊臣秀吉が方広寺で千僧供養を営む
1596 7 13 畿内に大地震が起き、伏見城が倒壊。余震は数ヶ月続いた
1596 8 14 伊達政宗が宿怨十か条をあげ、秀吉家臣・浅野長政と断交する
1596 9 26 秋月家第16代当主・秋月種実が死去。享年49歳
1596 10 27 文禄から慶長に改元される
1596 10 28 徳川家康の重臣・酒井忠次が死去。享年60歳
1596 11 4 服部半蔵が死去。享年55歳
1597 5 24 イエズス会宣教師ルイス・フロイスが長崎で死去。享年65歳
1597 6 12 小早川隆景が死去。享年65歳
1597 7 9 毛利元就の四男・穂井田元清が死去
1597 8 2度目となる朝鮮出兵を行う(慶長の役)
1597 8 8 北条氏康の五男・氏邦が死去。享年50歳
1597 8 28 室町幕府最後の将軍・足利義昭が死去。享年61歳
1597 9 6 宇喜多家臣・戸川秀安が死去。享年60歳
1597 12 17 豊臣秀吉の子・お拾が元服し、秀頼と名乗る
1598 1 14 大関高増が死去。享年72歳
1598 3 15 豊臣秀吉が醍醐寺で花見の宴を催す
1598 3 14 六角承禎が死去・享年78歳
1598 7 15 豊臣秀吉が諸大名に対して豊臣秀頼への忠節を誓う誓詞を要求
1598 7 豊臣秀吉は豊臣秀頼に忠誠を誓約する起請文を作成し、全国の大名達に血判署名させる
1598 8 5 豊臣秀吉が五大老、五奉行に豊臣秀頼の将来を託した遺言状を示す
1598 8 18 豊臣秀吉が伏見城にて死去。享年62歳
1598 9 豊臣秀吉が死亡する
1598 9 3 豊臣秀吉の死後、徳川家康、前田利家らが豊臣秀頼への忠節を誓う
1598 11 8 毛利輝元が筑前博多で石田三成と茶会を開く
1599 前田利家死去
1599 1 10 豊臣秀頼と淀殿が伏見から大阪城に移る
1599 1 19 前田利家ら五大老、五奉行が徳川家康を詰問
1599 3 25 浅井長政、豊臣秀吉に仕えた宮部継潤が死去
1599 3 3 前田利家が死去。享年62歳
1599 3 4 加藤清正ら武闘派7将が石田三成邸を襲撃
1599 5 19 長宗我部元親が死去。享年61歳
1599 9 7 徳川家康が伏見城から大阪へ移る
1600 上杉景勝が徳川家康に謀反を疑われ家康が会津へ出兵
1600 石田三成が挙兵し、徳川家康が小山で豊臣恩顧の武将たちを味方に付ける会議を行う
1600 3 16 オランダ船リーフデ号が豊後臼杵湾に漂着する。漂着者の中にウィリアム・アダムス(後の三浦按針)とヤン・ヨーステンが発見される
1600 4 1 徳川家康が上杉景勝に入京を要請するが、景勝は拒否
1600 5 3 徳川家康が直江兼続の書いた「直江状」を読み、上杉討伐を決める
1600 6 6 徳川家康が大阪城西の丸で会津征伐の評定を行う
1600 6 18 徳川家康が上杉景勝討伐のため伏見城を出陣
1600 7 15 毛利輝元が広島城を出陣、大阪へ向かう
1600 7 17 毛利輝元が大阪城へ入り、豊臣秀頼を奉じて西軍の大将となる。またガラシャ夫人が石田三成の大阪入城要請を断り死去
1600 7 20 大谷吉継が真田昌幸、幸村に助勢を求める
1600 7 21 真田昌幸、幸村と信之の父子が東西両軍に別れる(犬伏の別れ)。徳川家康が江戸を出陣、上杉景勝討伐のため会津へ向かう
1600 8 1 西軍により鳥居元忠が守る伏見城が陥落する
1600 8 22 徳川家康が伊達政宗に旧領を回復することを許す(百万石のお墨付き)
1600 8 23 関ヶ原の戦いの前哨戦で東軍が岐阜城を落とす
1600 8 24 徳川秀忠が宇都宮を出陣、中山道経由で石田三成討伐に向かう
1600 9 1 徳川家康が関ヶ原に向けて江戸城を出陣
1600 9 2 徳川秀忠が真田信之を上田城に送り降伏を勧告
1600 9 2 大谷吉継が越前から美濃に入り、山中村に布陣
1600 9 3 徳川家康が小田原に到着する
1600 9 5 徳川秀忠が真田昌幸、幸村父子の上田城を攻撃
1600 9 8 西軍の毛利元康、立花宗茂らが大津城を攻める
1600 9 13 徳川家康が岐阜城に着陣し、東軍諸将が拝謁する。黒田官兵衛が豊後石垣原で大友義統を破る
1600 9 14 大津城の京極高次が西軍の猛攻を受け降伏する。杭瀬川の戦いで島左近、明石掃部らが東軍の中村一栄らを破る
1600 9 15 関ヶ原の戦いが起こる
1600 9 16 島津義弘が関ヶ原の戦場から脱出し大阪へ向かう。東軍が関ヶ原から石田三成の本拠佐和山城に向かう
1600 9 17 東軍により近江佐和山城が陥落、石田三成の父・正継が自害
1600 9 18 徳川家康が大阪城西の丸にいる西軍大将・毛利輝元の出方をうかがう
1600 9 18 毛利勢が伊予の三津浜を攻めるが、東軍の夜襲を受け敗退。村上元吉らが討ち取られる
1600 9 19 豊後の黒田官兵衛が関ヶ原での東軍勝利を知る
1600 9 21 近江古橋村に潜伏していた石田三成が捕えられる
1600 9 22 毛利輝元が徳川家康に大阪を退去する旨を伝える
1600 9 25 伊達政宗が茂庭綱元に上杉領の湯原城攻略を指示する
1600 9 27 徳川家康、秀忠父子が大阪城で豊臣秀頼に関ヶ原での勝利を報告
1600 10 20 柳川城に侵攻した鍋島直茂が立花宗茂が迎撃。加藤清正が仲裁する
1600 10 28 斎村政広が徳川家康の命により自刃。享年39歳
1600 10 関ヶ原の戦いが起こり、東軍の徳川家康が西軍の石田三成を破る
1600 10 1 石田三成、小西行長、安国寺恵瓊が京都六条河原で処断される
1600 10 10 毛利輝元が周防、長門二ヶ国に減封される
1600 10 11 日向伊東氏第12代当主・伊東祐兵が死去。享年42歳
1600 10 12 関ヶ原の戦いで西軍に参戦した九鬼水軍の将・九鬼嘉隆が自刃
1600 11 3 立花宗茂が加藤清正の勧告に従い、柳川城から立ち退く
1601 池田輝政が姫路城の大改修を始める
1601 8 8 上杉景勝が伏見城で徳川家康に会い謝罪する
1601 8 16 徳川家康が上杉景勝の封土を会津120万石から米沢30万石に減封とする
1601 9 30 徳川秀忠の次女・珠が前田利常と結婚する
1601 10 16 相馬氏第15代当主・相馬盛胤が死去
1601 12 13 真田昌幸、幸村父子が高野山へ配流される
1601 12 21 後陽成天皇、第三宮の政仁親王(後水尾天皇)に親王宣下
1601 12 24 伊達政宗が仙台城の築城を開始する
1602 2 1 徳川四天王の一人・井伊直政が死去。享年42歳
1602 4 11 徳川家康、関ヶ原で西軍についた島津氏の旧領を安堵する
1602 5 1 徳川家康が二条城造営を命じる
1602 10 18 小早川秀秋が死去。享年21歳。小早川家は断絶となる
1603 1 2 諸大名が伏見城に赴き、徳川家康に年頭の挨拶を行う
1603 2 徳川家康が征夷大将軍に任命され、江戸に幕府を開く
1603 2 12 徳川家康が江戸幕府を開く
1603 3 12 徳川家康が伏見城から完成した二条城に入る
1603 4 22 豊臣秀頼が権大納言から内大臣に昇格する
1603 5 6 出雲の阿国が女院御所でかぶき踊りを披露
1603 7 28 豊臣秀頼と徳川秀忠の娘・千姫が結婚する
1603 11 16 安房館山城主・里見義康が死去。享年31歳
1604 2 18 関ヶ原後、毛利輝元が萩・指月山に築城を許される
1604 3 20 黒田官兵衛が死去。享年59歳
1604 8 22 村上水軍の大将・村上武吉が死去。享年72歳
1605 徳川秀忠が征夷大将軍に任命される
1605 2 24 徳川秀忠が10万の大軍を率いて江戸から京に向かう
1605 3 11 以心崇伝が臨済宗五山派の最高位・京都南禅寺の住職になる
1605 4 12 豊臣秀頼が右大臣に任命される
1605 4 16 徳川秀忠が江戸幕府第二代将軍となる
1605 6 28 北政所が高台寺へ移る
1605 7 1 江戸幕府が薩摩肥前両藩に海外渡航を許可する
1605 9 20 山内一豊が土佐高知城で死去。享年60歳
1605 12 16 慶長地震が起こる
1606 4 19 柳生新陰流の祖・柳生宗厳が死去。享年78歳
1606 5 14 徳川家康の功臣「徳川四天王」の榊原康政が死去。享年59歳
1607 2 17 徳川家康が諸大名に駿府の修築工事を命じる
1607 2 20 出雲の阿国が江戸城で歌舞伎踊りを披露
1607 4 7 林羅山が将軍・徳川秀忠の学問指南役になる
1607 5 11 徳川家康が次男の葬儀に際し「徳川家は浄土宗」と明言
1608 12 5 陸奥の津軽為信が死去。享年58歳
1608 12 22 駿府城全焼
1609 島津家久が琉球王国を支配
1609 3 17 イエズス会の宣教師オルガンチノが長崎で死去。享年77歳
1609 5 3 京極高次が死去
1609 8 22 オランダ商館が平戸に開設される
1610 8 20 丹波田辺城主・細川幽斎が京三条屋敷で死去。享年77歳
1610 10 18 徳川家康の重臣・本多忠勝が桑名で死去。享年63歳
1610 12 12 有馬晴信がポルトガル船マードレ・デ・デウス号を焼き討ちする
1611 徳川家康が徳川家の優位を見せつけるため豊臣秀頼を大阪城から京都の二条城へ呼び寄せ会見
1611 1 21 島津義久が死去。享年79歳
1611 3 28 豊臣秀頼が徳川家康と二条城で会見
1611 6 4 真田昌幸が死去
1611 6 24 加藤清正が死去。享年50歳
1611 12 3 島津家臣、新納忠元が死去。享年85歳
1612 1 26 尼子氏、豊臣秀吉に仕えた亀井茲矩が死去
1612 3 21 幕府は朱印状偽造、収賄の罪で、本田正純の家臣でキリシタンの岡本大八を火刑にする
1612 4 13 宮本武蔵と佐々木小次郎が巌流島で戦う
1612 5 8 関白大政大臣を務めた近衛前久が死去。享年77歳
1612 6 4 前田慶次が死去
1613 1 25 姫路城主・池田輝政が死去。享年50歳
1613 2 15 今川氏真の正室である蔵春院が死去
1613 4 25 江戸幕府奉行衆・大久保長安が死去。享年69歳
1613 5 4 イギリス船が初めて平戸に入港した
1613 6 3 真田昌幸の正室で、真田幸村の母・山手殿が死去
1613 8 25 紀州藩主・浅野幸長が和歌山で死去。享年38歳
1613 9 27 徳川家臣の大久保忠佐が死去。享年77歳
1614 1 18 出羽の戦国大名・最上義光が死去。享年69歳
1614 2 大阪冬の陣が起こる
1614 4 16 方広寺大仏殿の鐘が鋳造される
1614 5 26 肥前の豪族・松浦鎮信が肥前平戸で死去。享年66歳
1614 7 12 京都の豪商・角倉了以が死去。享年61歳
1614 7 26 徳川家康が方広寺大仏殿の開眼供養を延期するよう命じる
1614 9 7 江戸幕府が大阪攻めの前に西国の諸大名に忠誠を誓わせる
1614 9 24 全国で流行している伊勢踊りが宮中でも催される
1614 10 2 大阪城の豊臣秀頼が諸国の兵を募り戦備を整える
1614 10 5 東本願寺を創建した本願寺教如が死去。享年57歳
1614 10 7 キリシタン大名の高山右近が国外追放処分を受ける
1614 10 9 真田幸村が九度山を脱出し、大阪城に向かう
1614 10 11 徳川家康が駿府を出陣、大阪に向かう
1614 10 13 薩摩の島津忠恒が豊臣秀頼の支援要請を断る
1614 11 15 徳川家康が京都を発ち大阪城攻撃に向かう
1614 11 18 大坂冬の陣にて、徳川家康、秀忠が諸将と茶臼山で軍議
1614 11 19 木津川口にて大坂冬の陣の本格的な戦闘が開始される
1614 11 26 徳川方の佐竹義宣が大阪方の後藤又兵衛、木村重成と今福で激突する
1614 12 23 幕府がキリシタンの禁教令を発布する
1615 3 12 徳川家康が京都所司代・板倉勝重から大阪再挙計画の報を受ける
1615 4 4 徳川家康が婚儀のためとして、大坂夏の陣に向け駿府を出立する
1615 4 6 徳川家康が大阪への再度の出陣を東海の諸大名に命じる
1615 4 大阪夏の陣で、秀頼と淀殿は自害し豊臣家は滅亡した
1615 4 26 大野治房軍が大和郡山を攻略、大坂夏の陣の戦端が開かれる
1615 4 28 豊臣方の大野治胤が住吉、堺に出陣し町を焼き払う
1615 4 29 大坂夏の陣で塙直之が討死
1615 5 5 徳川方が大坂夏の陣で大阪城を包囲する
1615 5 6 大坂夏の陣で木村重成、後藤又兵衛、薄田兼相が討死
1615 5 7 大坂夏の陣で真田昌幸が討死
1615 5 8 大坂夏の陣で豊臣秀頼と淀殿が自害する
1615 5 10 大阪の陣に勝利した徳川家康が二条城にて諸大名を引見する
1615 5 15 大坂夏の陣の敗将の長宗我部盛親が捕縛され、処断される
1615 5 21 豊臣秀頼の遺児・国松丸が徳川方に捕られられる
1615 5 23 豊臣秀頼の遺児・国松丸が京都六条河原で処断される
1615 5 27 増田長盛が息子・盛次の大阪方加担の罪を問われ自刃。享年71歳
1615 5 28 賤ヶ岳七本槍の一人・片桐且元が死去。享年60歳
1615 6 11 古田織部が徳川家康の命により切腹
1615 6 27 大坂夏の陣で敗れた大野治胤が堺で処分される
1615 7 7 徳川秀忠が「武家諸法度」を諸大名に発布
1615 7 9 徳川家康が豊臣秀吉を祀る豊国神社の破却を命じる
1615 10 14 伊達家臣・片倉小十郎が死去。享年59歳
1615 12 4 真田幸村が大阪城真田丸において前田利常隊を撃破する
1615 12 7 徳川家康がオランダに発注した大砲が大阪の陣に届く
1615 12 16 徳川方の放った大砲の砲弾が大阪城天守に命中、侍女数人が即死
1615 12 18 大坂冬の陣の和睦交渉がもたれる
1615 12 19 大坂冬の陣において一旦講和が成立する
1615 12 20 大坂冬の陣、徳川家康が停戦を命令する
1615 12 21 木村重成が徳川秀忠の本陣で徳川家康の和議誓書を受け取る
1615 12 23 大阪城の内外堀の取り壊し工事が始まる
1615 12 25 徳川家康が大坂冬の陣から二条城に凱旋する
1616 4 17 徳川家康が駿府城で死去。享年75歳
1616 6 7 徳川秀忠の側近・本田正信が死去。享年79歳
1617 2 21 徳川家康を祀る東照宮に、東照大権現の神号と正一位が贈られる
1619 7 21 島津氏第18代当主・島津義弘が死去。享年85歳
1623 8 4 黒田長政が死去。享年55歳
1624 7 13 福島正則が死去。享年64歳
1625 4 27 毛利輝元が死去。享年73歳
1625 9 21 毛利家臣・吉川広家が死去。享年65歳
1626 3 21 真田家臣で矢沢頼綱の嫡子・矢沢頼康が死去
1626 6 20 石山本願寺の僧侶・下間頼廉が死去。享年90歳
1626 8 6 賤ヶ岳七本槍の一人・脇坂安治が死去。享年73歳
1627 2 7 上泉信綱の弟子でタイ捨流兵法の流祖・丸目蔵人が死去。享年89歳
1630 10 5 藤堂高虎が死去。享年75歳
1631 9 12 賤ヶ岳七本槍の一人・加藤嘉明が死去。享年69歳
1631 10 9 竹中半兵衛の子・竹中重門が死去。享年59歳
1633 8 27 浅井三姉妹の次女で、京極高次の正室となった初が死去
1635 6 21 江戸幕府が「武家諸法度」を改正
1636 5 24 伊達氏の第17代当主・伊達政宗が死去。享年70歳
1637 3 10 江戸幕府の老中・本田正純が死去。享年73歳
1639 12 30 蜂須賀正勝の子・家政が死去。享年81歳
1643 12 11 徳川家臣、石川康長が死去。享年89歳
1646 6 21 最上氏、土井氏に仕えた鮭延秀綱が死去
1646 12 2 細川忠興が死去。享年83歳
1653 1 24 伊達政宗の正室・愛姫が死去
1655 11 20 宇喜多秀家が配流先の八丈島で死去。享年84歳
1658 10 17 真田信之が死去。享年93歳
1660 11 29 安東愛季の次男・秋田実季が死去。享年85歳
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名称 読み方 読み方(旧) 石高
近江 おうみ ちかつあふみ 78万石
美濃 みの みの 54万石
飛騨 ひだ ひだ 4万石
信濃 しなの しなの 41万石
上野 こうづけ かみつけの 50万石
下野 しもつけ しもつけの 37万石
出羽 でわ いでは 32万石
陸奥 むつ みちのをく 167万石
若狭 わかさ わかさ 9万石
越前 えちぜん こしのみちのくち 50万石
加賀 かが かが 36万石
能登 のと のと 21万石
越中 えっちゅう こしのみちのなか 38万石
越後 えちご こしのみちのしり 39万石
佐渡 さど さど 2万石
伊賀 いが いが 10万石
伊勢 いせ いせ 57万石
志摩 しま しま 2万石
尾張 おわり おはり 57万石
三河 みかわ みかは 29万石
遠江 とほたあふみ とおとおみ 26万石
駿河 するが するが 15万石
伊豆 いず いづ 7万石
甲斐 かい かひ 23万石
相模 さがみ さかみ 19万石
武蔵 むさし むさし 67万石
安房 あわ あは 9万石
上総 かずさ かみつふさ 38万石
下総 しもうさ しもつふさ 39万石
常陸 ひたち ひたち 53万石
大和 やまと やまと 45万石
山城 やましろ やましろ 23万石
摂津 せっつ 36万石
河内 こうち かふち 24万石
和泉 いづみ いずみ 14万石
丹波 たんば たんば 26万石
丹後 たんご たにはのみちのしり 11万石
但馬 たじま たちま 11万石
因幡 いなば いなは 9万石
伯耆 ほうき ははき 10万石
出雲 いずも いづも 19万石
石見 いわみ いはみ 11万石
隠岐 おき をき 5万石
播磨 はりま はりま 36万石
美作 みまさか みまさか 19万石
備前 びぜん きびのみちのくち 22万石
備中 びっちゅう きびのみちのなか 18万石
備後 びんご きびのみちのしり 19万石
安芸 あき あき 19万石
周防 すおう すはう 17万石
長門 ながと ながと 13万石
紀伊 きい 24万石
淡路 あわじ あはぢ 6万石
阿波 あわ あは 18万石
讃岐 さぬき さぬき 13万石
伊予 いよ いよ 37万石
土佐 とさ とさ 10万石
筑前 ちくぜん ちくしのみちのくち 34万石
筑後 ちくご ちくしのみちのしり 27万石
豊前 ぶぜん とよくにのみちのくち 14万石
豊後 ぶんご とよくにのみちのしり 42万石
肥前 びぜん ひのみちのくち 31万石
肥後 びご ひのみちのしり 34万石
日向 ひゅうが ひうか 12万石
大隅 おおすみ おほすみ 18万石
薩摩 さつま さつま 28万石
壱岐 いき ゆき 2万石
対馬 つしま つしま 1万石
近江 美濃 飛騨 信濃 上野 下野 出羽(羽前 - 羽後) 陸奥(岩代 - 磐城 - 陸前 - 陸中 - 陸奥) 若狭 越前 加賀 能登 越中 越後 佐渡 伊賀 伊勢 志摩 尾張 三河 遠江 駿河 伊豆 甲斐 相模 武蔵 安房 上総 下総 常陸 大和 山城 摂津 河内 和泉 丹波 丹後 但馬 因幡 伯耆 出雲 石見 隠岐 播磨 美作 備前 備中 備後 安芸 周防 長門 紀伊 淡路 阿波 讃岐 伊予 土佐 筑前 筑後 豊前 豊後 肥前 肥後 日向 大隅 薩摩 壱岐 対馬

近江 美濃 飛騨 信濃 上野 下野 出羽 陸奥 若狭 越前 加賀 能登 越中 越後 佐渡 伊賀 伊勢 志摩 尾張 三河 遠江 駿河 伊豆 甲斐 相模 武蔵 安房 上総 下総 常陸 大和 山城 摂津 河内 和泉 丹波 丹後 但馬 因幡 伯耆 出雲 石見 隠岐 播磨 美作 備前 備中 備後 安芸 周防 長門 紀伊 淡路 阿波 讃岐 伊予 土佐 筑前 筑後 豊前 豊後 肥前 肥後 日向 大隅 薩摩 壱岐 対馬