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  • ● 1570年 永禄から元亀に改元される
  • ● 1583年 羽柴(豊臣)秀吉が柴田勝家の籠る越前北ノ庄城を包囲する
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この人誰?

九戸康真

武将名鑑【信長の野望 大志(パワーアップキット)】

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朝比奈泰朝(あさひなやすとも)

朝比奈泰朝 の能力値
統率

高いほど、決戦での移動速度が上がったり、籠城戦で城を奪われにくくなったりする。
また高いほど、評定で意見を出したとき、軍事の施策力を獲得しやすい。

71 (328 位)
武勇

高いほど、決戦で敵部隊に与えるダメージが増える。

67 (478 位)
知略

高いほど、決戦で敵部隊から受けるダメージが減る。
また高いほど、評定で意見を出したとき、論議の施策力を獲得しやすい。

60 (917 位)
内政

高いほど、評定で意見を出したとき、
農業・商業の施策力を獲得しやすい。

36 (1934 位)
外政

「外交」で奏者に任命した際、高いと心証が上がりやすくなる。

45 (1582 位)
合計 279 (1009 位)2201人中
朝比奈泰朝のグラフィック画像
朝比奈泰朝 の基礎データ
性別
朝比奈泰能
その他のデータ 列伝
誕生年 1530年 今川家臣。泰能の子。駿河を追われた主君・氏真を居城・掛川城に迎え入れ、徳川軍と戦う。5カ月の籠城戦の末に開城し、氏真とともに相模に落ち延びた。
死亡年 1582年
気質 家名
野心 1
所領拡大 しょりょうかくだい
戦法

決戦で武将から献策があると実行できる。
青く表示されている戦法は自動で発動する。

戦法名 挟撃巧者 消費ゲージ 2
効果 自身の強撃したときの士気減少効果を小上昇
作戦

決戦開始時に決める。
作戦によって様々な効果がある。
青く表示されている戦法は自動で発動する。

作戦名 神出鬼没
読み しんしゅつきぼつ
条件 山、森、湿地、川、商圏
消費軍議 40 必要部隊 3
効果 強襲隊の速度が小上昇、奇襲時戦法ゲージが増加し敵の兵数と士気を低下
補佐
地利 地形が森のとき移動速度と視界を小上昇

朝比奈泰朝が登場する合戦

  • 桶狭間の戦いおけはざまのたたかい [松平氏と織田氏・今川氏]

    1560年5月19日

    愛知県名古屋市緑区

    桶狭間古戦場

    桶狭間古戦場

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  • 今川館の戦いいまがわやかたのたたかい [武田信玄の駿河平定]

    1568年12月13日

    静岡県静岡市葵区駿府公園

    永禄11年(1568年)12月13日、薩埵峠の戦いで今川勢を破った武田信玄は、勢いに乗じて駿河府中に侵入する。

    今川氏真は、北条氏康の援軍を待つため今川館を出て背後に控える賎機山城に籠城しようとした。

    しかし、賤機山城はすでに武田軍の先鋒であった馬場信春に押さえられ、今川軍の退路は断垂れた。

    今川氏真の計画は破綻し、やむなく重臣の朝比奈泰朝を頼って遠江懸川(掛川)に落ちのびた。

    この時、北条氏康の娘であった氏真の正室・早川殿は乗り物を得られず徒歩で駿府から脱出したという。

    この報を受けた氏康は激しく憤慨し、後に越後の上杉謙信に対して「この耻辱そそぎがたく候」と書状を送っている。

    今川館を接収した馬場信春は、今川氏代々の貴重な宝物があるために火をかけてはならないと命じられていたが財宝を奪ったという汚名を着せられないよう、駿府の町と今川館をすべて焼き払ったという。

    武田氏の駿河侵攻で武田方に与する今川旧臣が居た一方、徳川方に与した者も居た。

    井伊谷三人衆も、遠江侵攻前に徳川方の交渉で引き入れており、仮に武田方が介入してきても見放さないという起請文を同12日に家康は与えている。

    こうして同13日に家康は三河から遠江に侵攻を開始する。

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  • 懸川城の戦いかけがわじょうのたたかい [武田信玄の駿河平定]

    1568年12月27日 ~ 1569年5月17日

    静岡県掛川市城下

    掛川城

    掛川城

    永禄11年(1568年)12月27日、徳川勢が遠江に攻め寄せ今川氏真が保護されていた掛川城の包囲を始める。

    はじめのうちは大きな動きがなかったが、翌年永禄12年(1569年)の1月中旬に本格的な包囲体制ができたため、大きな戦いが繰り広げられていった。

    3月5日には家康自らが大手南町口・西町口・松尾曲輪・天王小路などを攻めたが、掛川城は堅城であるうえに朝比奈泰朝がよく守ったため攻め落とせず、また、今川氏の同盟勢力である相模国北条氏も海路から援軍を送ってきたため、長期戦となった。

    家康は今川家家臣の調略を試みるが、ここまで残っている朝比奈氏は揺れず、また家康は武田軍の動向にも気をつける必要があった。

    信玄家康は大井川を境として東の駿河を武田軍が、西の遠江を徳川軍が手柄次第に領有するとの約束をしていたとされているが、信玄は信濃国の伊那郡より秋山信友を大将とする別働隊を派遣していた時期があり、この軍勢が遠江国をうかがう動きを見せたため、上信感を抱いていたのである。

    このような状況下で、『松平記』『北条記』によると3月8日に家康から和睦を申し入れています。

    家康は、かつては自分も今川氏に取り立てられた身であり、自分が遠江を取らなければ必ず信玄が取ることになるであろうから、それよりは家康に下されて和談とすれば、北条氏と申し合わせて信玄を逐い駿府を氏真に返そう、と説いたという。
    この協議には北条氏も参画し、4月末頃までにはほぼ合意に達していたようであり、5月15日(一説には17日)に開城という運びとなった。

    これにより、かつては駿河・遠江・三河を領した今川氏は滅亡したのである。

    領国を失った氏真は妻の実家である北条氏を頼り、北条領の伊豆国へと向かった。
    この時朝比奈泰朝氏真に供奉し、伊豆へ同行している。

    氏真は北条氏の庇護の下に入ったが、泰朝上杉謙信の家臣・山吉氏に援助を要請するなどの活動を行っている。

    掛川城には城代として家康の重臣・石川家成・康通親子が入った。

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名称 読み方 読み方(旧) 石高
近江 おうみ ちかつあふみ 78万石
美濃 みの みの 54万石
飛騨 ひだ ひだ 4万石
信濃 しなの しなの 41万石
上野 こうづけ かみつけの 50万石
下野 しもつけ しもつけの 37万石
出羽 でわ いでは 32万石
陸奥 むつ みちのをく 167万石
若狭 わかさ わかさ 9万石
越前 えちぜん こしのみちのくち 50万石
加賀 かが かが 36万石
能登 のと のと 21万石
越中 えっちゅう こしのみちのなか 38万石
越後 えちご こしのみちのしり 39万石
佐渡 さど さど 2万石
伊賀 いが いが 10万石
伊勢 いせ いせ 57万石
志摩 しま しま 2万石
尾張 おわり おはり 57万石
三河 みかわ みかは 29万石
遠江 とおとおみ とほたあふみ 26万石
駿河 するが するが 15万石
伊豆 いず いづ 7万石
甲斐 かい かひ 23万石
相模 さがみ さかみ 19万石
武蔵 むさし むさし 67万石
安房 あわ あは 9万石
上総 かずさ かみつふさ 38万石
下総 しもうさ しもつふさ 39万石
常陸 ひたち ひたち 53万石
大和 やまと やまと 45万石
山城 やましろ やましろ 23万石
摂津 せっつ 36万石
河内 こうち かふち 24万石
和泉 いづみ いずみ 14万石
丹波 たんば たんば 26万石
丹後 たんご たにはのみちのしり 11万石
但馬 たじま たちま 11万石
因幡 いなば いなは 9万石
伯耆 ほうき ははき 10万石
出雲 いずも いづも 19万石
石見 いわみ いはみ 11万石
隠岐 おき をき 5万石
播磨 はりま はりま 36万石
美作 みまさか みまさか 19万石
備前 びぜん きびのみちのくち 22万石
備中 びっちゅう きびのみちのなか 18万石
備後 びんご きびのみちのしり 19万石
安芸 あき あき 19万石
周防 すおう すはう 17万石
長門 ながと ながと 13万石
紀伊 きい 24万石
淡路 あわじ あはぢ 6万石
阿波 あわ あは 18万石
讃岐 さぬき さぬき 13万石
伊予 いよ いよ 37万石
土佐 とさ とさ 10万石
筑前 ちくぜん ちくしのみちのくち 34万石
筑後 ちくご ちくしのみちのしり 27万石
豊前 ぶぜん とよくにのみちのくち 14万石
豊後 ぶんご とよくにのみちのしり 42万石
肥前 びぜん ひのみちのくち 31万石
肥後 びご ひのみちのしり 34万石
日向 ひゅうが ひうか 12万石
大隅 おおすみ おほすみ 18万石
薩摩 さつま さつま 28万石
壱岐 いき ゆき 2万石
対馬 つしま つしま 1万石
近江 美濃 飛騨 信濃 上野 下野 出羽(羽前 - 羽後) 陸奥(岩代 - 磐城 - 陸前 - 陸中 - 陸奥) 若狭 越前 加賀 能登 越中 越後 佐渡 伊賀 伊勢 志摩 尾張 三河 遠江 駿河 伊豆 甲斐 相模 武蔵 安房 上総 下総 常陸 大和 山城 摂津 河内 和泉 丹波 丹後 但馬 因幡 伯耆 出雲 石見 隠岐 播磨 美作 備前 備中 備後 安芸 周防 長門 紀伊 淡路 阿波 讃岐 伊予 土佐 筑前 筑後 豊前 豊後 肥前 肥後 日向 大隅 薩摩 壱岐 対馬
近江
美濃
飛騨
信濃
上野
下野
出羽
陸奥
若狭
越前
加賀
能登
越中
越後
佐渡
伊賀
伊勢
志摩
尾張
三河
遠江
駿河
伊豆
甲斐
相模
武蔵
安房
上総
下総
常陸
大和
山城
摂津
河内
和泉
丹波
丹後
但馬
因幡
伯耆
出雲
石見
隠岐
播磨
美作
備前
備中
備後
安芸
周防
長門
紀伊
淡路
阿波
讃岐
伊予
土佐
筑前
筑後
豊前
豊後
肥前
肥後
日向
大隅
薩摩
壱岐
対馬